まずは、扉だ! さん
「母さま。さすがに商会と冒険者ギルドとの正式な契約に、わたし1人で行くのは、無理です。だから明日は、母さまも一緒に……」
「大丈夫よ。エミィちゃんなら1人でも、ちゃんと出来るわ!」
(その確信はいったい、どこから来るんだ、母さま……)
今、わたしは『娘を過大に信頼している』母さまを、なんとか説得しようとしていた。
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今回、町長さんの要望がきっかけとなったが、そもそも『ダンジョンに扉(魔法陣付き)を付ける』こと自体が、一つの事業となるらしい。
そのため今回の件は、ハウレット商会と冒険者ギルドの共同事業として、商業ギルドへ届け出る事になったと、商会の文書部から連絡が来たのだ。しかも、今朝になって!
(共同事業?!えっと、何か話が大きくなってない?)
驚きで大きく開いた、わたしの目と口は、
「ギルドと正式な契約書を交わした後でないと、木材の本注文が出来んぞ」
じい様に言われて、更に大きく開く事になった。毎年、秋から冬にかけて、木材はどんどん値上がりしていく。冬に備えて、建物や街の補修や整備をするからだ。今はまだ、夏の三月だけど、のんびりしていたら、損をする!
とりあえず開いた口を両手で閉じて、目を瞑る。
落ち着け、わたし。『急がば走れ。でなきゃ間に合わん』だ!だから、慌てて準備を始めた。
ありがたいことに、契約までの手順を書いた書類が、文書部から一緒に来ていたので、それを見ながら、1つずつ進めていく。
2つ目にあった、正式な訪問を求める手紙をギルド長に書いていると、母さまがダンジョンの扉のデザイン画と設計図、そしてタグプレートの魔法陣・使用許可申請書を持ってきた。
「エミィちゃん。これも、必要よー」
書類を受け取りながら、手順表で確認する。4番目に書かれている書類だったので、手順表に丸をつけ、紙ばさみに挟みながら、これは母さまを誘うチャンスだと思った。
だから出来るだけ可愛らしい仕草で、明日は一緒に行って欲しいと、お願いしたんだけど……
娘への信頼に溢れた母さまに、簡単に断られた。いや、あきらめるな、わたし!
「でも、さすがに商会の代表としては、わたしはまだ、」
「あら。エミィは私と父さまの大事な娘なのよ。そのエミィを力不足とかいう人がいたら、母さまがとっちめてあげるわ!」
任せなさいと言わんばかりに、胸を張る。違うんだ、母さま。力不足だと思っているのは、その『大事な娘』本人なんだよ……
「それに、エミィは春にはお姉さんになるのよ。いうなれば、ぐっと大人に近づいた存在よ。だから、田舎のギルド長との契約ぐらい、どうって事ないわ!」
「えぅっ、まぁ、確かに、お姉さんになるしぃ、いつまでも小さい子供と一緒では……」
(いっ、いや、違う!わたし、こないだ6歳になったばかりだし、赤ちゃん産まれても、まだ6歳だ!)
「母さま。お姉さんになっても、歳は増えません。わたしは6歳のまんまです!」
あぶない、あぶない。うっかり、『お姉さん』という魅惑の言葉に、騙されるところだった。
母さま、「あっ、わかっちゃった?」なんて言って、舌を出しても駄目です。そんな事して許されるのは、若いうちだけ……
「エミィちゃん。判っているとは思うけど、母さまは、まだ二十代よ?」
「はぁはま、おほへのほっへたほ、ひっはらはいへふらはい……」
(母さま、乙女のほっぺたを、引っぱらないでぐださい)
まだ、何も言ってないのに、なんでバレた?母のカン、恐るべし……
結局、じい様が書いた【領主代行・代理証明書】という物を持って、1人で行くことになった。最初の『手伝うから』という、あの二人の言葉は、いったいどこに消えたんだ?ありがたいことに、アルノーさんは付いてきてくれるらしい。
翌日、午前中のうちに、アルノーさんと冒険者ギルドへと出向き、顔見知りとなった受け付けのライラさんに声をかける。
「ライラさん、ギルド長はいますか?」
「あら、エミィちゃん。今日は何かな?」
「昨日、お手紙を渡した件です。今日はハウレット商会として、ギルド長に会いに来ました」
一応だが、じい様がくれた証明書を出す。
「あぁ、ダンジョンの扉の件ね。これもエミィちゃんのお仕事なの?大変ね。少し待っていてね」
しばらくするとライラさんが「こちらにどうぞ」と言って、奥の扉の先に案内してくれる。奥はちょっとした通路があり、その突き当りに扉があった。ノックした後、「お連れしました」と言ってライラさんが扉を開けてくれたので、アルノーさんと一緒に中に入る。
ギルド長のモリスさんとも、会うのは2回目だ。持ってきた書類をテーブルに置き、事前に用意した契約書も並べる。
ちょっとドキドキするけど、昨日、練習した事を思い出しながら、話す。
「今日はお時間を頂き、ありがとうございます。早速ですが、今回の『ダンジョンに扉を付ける件』は、ハウレット商会と冒険者ギルドの共同事業として、商業ギルドに登録ということで、よろしいですか?」
(よし。ちゃんと、言えた!)
「ええ、もちろんです。これで子供が入り込む心配を、しなくてすみます。きっと直ぐに、国中のダンジョンから、依頼が来ますよ」
この国には18のダンジョンがあるが、その管理は全てが冒険者ギルドと、ダンジョンのある土地の領主の共同管理となっている。今回の扉に関しても、どこで噂を聞いたのか、既に問い合わせや、見学の申込みが入っているらしい。
「あぁ……他のダンジョンについては、わたしではなく、ハウレット商会に直接、申込まれると思います。あと、ダンジョンの中を色々と調べたいので、臨時のタグプレートの発行を、お願いできますか?」
「トイレの為の調査ですね。期待してますよ!」
親指を立てて、ニカリと笑うモリスさんに、期待に満ちた顔を向けられるが、6歳児に過剰な期待をしないで欲しい。
その後、扉のデザインや工事期間などの話し合いも順調に進み、契約書にサインをもらって、今回の契約は無事、成立した。
後は扉を取り付け、それに師匠が魔法陣を刻めば完成だ!
そして臨時のタグプレートを、三枚も発行してもらったので、わたしは明日からそのうちの一枚を使って、ダンジョンに入ることになった。
アルノーさんにも渡そうと思ったら、なんとアルノーさんはタグプレートを持っているという。びっくりしていると、地元の騎士の子供は登録できる10歳になると、全員もれなく登録するのだと教えてくれた。
「あと、うちの一族は、子供が登録を済ませると、家族や親戚がその子を連れて、ダンジョンの浅い階層をまわる習慣があるんです。お祝いと、度胸試しを兼ねているんですけど、結構皆、楽しみにしてるんですよ」
(えっ?何、それ。面白そ〜)