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まずは、扉だ! にぃ

母さま視点+αです

『極力、エミィを忙しくさせて欲しい』


 まさかの妊娠判明で、父の屋敷に滞在が決まった私に、視察へと出かける夫・エドモンドが唯一、頼んできた事だ。


 もっとも、それとは別に『お願い』された事は、山ほどある。『栄養のあるものを食べて』とか、『出来るだけ安静にするように』、『毎日僕に手紙を書いて』などが書かれた長いお願いリストは、常に目に入るよう、部屋の壁の目立つ場所に貼ってある。


(だけど、それを真面目に実行している私に向かって、『太った』だなんて、エミィったら、ほんと失礼しちゃう)


 夕食後、軽く散歩をしてから部屋に戻ると、受信板が赤く点滅していた。これは5枚以上、受信が溜まっている合図だ。受信済みの紙をよけ、新しい紙をセットし、魔法陣が光る度に紙を交換していく。


 木材の発注用の注文書に、ダンジョンの扉のデザイン画が2枚、冒険者ギルドの本部に提出した、魔法陣の使用申請書の写し等、次々に送られてくる書類を確認していく。

 デザイン画は、2枚を暫くの間見比べて、片方に丸をつけると、それだけを送信版にセットする。明日の夜には、このデザインの設計図と、必要な木材量が書かれた物が送られてくるだろう。

 その後に使う注文書は、丸をつけたデザイン画と一緒に紙ばさみに挟み、保管する。明日届いた書類と合わせて、父に渡すためだ。


 今回の事は、全てエミィを中心に動いている。


(賢い子、なのよね。好奇心旺盛だし、おまけに行動力に溢れていて……)


 だから退屈すると、とんでもない遊びを考え出して、実行に移すから、親としてはハラハラし通しだ。


(私も大概お転婆だと言われたけど、あれ程では無かった……わよね?)


 一瞬、幼い頃の情景が思い出された。心配のあまり、怒鳴り声を上げている父と、朗らかに笑う母の声……


 懐かしさと切なさが入り混じり、涙が滲む。父の屋敷に居るせいか、最近やたらと母の事が思い出された。完璧な淑女でありながら、いたずら好きで、剣を手にすれば、並の男達など、簡単に蹴散らすほどの実力の持主だった母は、私の憧れだった。


(しょっちゅう後ろを付いてまわり、剣を教えて欲しいとせがんだっけ……)


 その時、受信板が光り、新たな書類が届いた事を知らせてきた。新しい紙をセットしながら目を通す。


 それは王都ベラリオにある、冒険者ギルドの本部長からで、タグプレートに使われている魔法陣の、一部使用許可がおりた事と、正式な許可証は、後日郵送すると書かれてある。本部長のサインの後には追伸として、感謝の言葉がつづられていた。


 冒険者ギルドが発行しているランクを示すタグプレートは、複数の魔法陣を組み込んだ金属板を数枚重ね、それをランク別の金属でカバーコーティングしている。

 今回、エミィが発案した扉は、その魔法陣の1つを、扉の許可証とすることで、タグプレートを持つ者だけが入れるようにする方法だ。これで資格のない子供が勝手に入り込むことは、出来なくなる。


 これはエミィにしてみれば、領地の問題解決のために、『普段から身近にある物を利用した』程度の事だろうが、冒険者ギルドとすれば、長年の願いが叶った事になる。


 実は同じような扉が、二十年ほど前に作られかけた事があった。しかも、国の事業として。しかしそれは、魔法陣の持ち主であるセレスティン・モローが、断固拒否したことで、立ち消えとなっていた。


 拒否した理由は、国が特許を買い取る前提で、事業案が書かれていた事にある。もちろん相応の代金が支払われることも、記されていたらしいが、セレスティンが、それを受け入れることは無かった。


 今回は、うちと冒険者ギルドとの商業契約という形で、セレスティンも使用を認めている。もっとも、これがエミィの発案でなければ、許可したかどうかは判らないが。


(彼女は昔から、凄くエミィを可愛がっているから……)


 再度、受信板が光ったので、時計を見ると、ちょうど夫の定時連絡が入る時間だった。思わず顔が緩む。食事前に書いた手紙を送信版にセットし、受信板の前へと、向かった。



  ◇*◇*◇*



 久しぶりに、狩りの訓練をしようと思われたのだろう。主が訓練棒を手に、庭に出てきた。優秀な猟犬である俺にしてみれば、この程度の訓練は簡単すぎて、少々物足りないが、嫌いではない。


 狩りは、主と猟犬の連携プレーが何より大事だ。俺が見つけたり、追い立てた獲物を、主が仕留める。もしくは、主が仕留めた獲物を俺が取りに行き、回収する。これは互いの信頼と共に、日頃の訓練が物を云う。


 それに最近、マスターが俺を可愛がるあまり、食事の量が増え、少々余分な肉が付いてきた。少し運動して引き締めておかないと、いざという時に動けない。俺は喜んで、主との訓練を始めた。


 主の横で待機し、棒が投げられると同時に走る。そして棒が地面に落ちると同時に、それを咥えて戻るのだ。実際の狩りでは、獲物は藪の中や、水の中に落ちる事が多いので、それに比べれば容易い遊びだ。


 何度か繰り返していると、マスターが戻って来た。訓練の最中のため、挨拶しようか迷っていると、


 ドゴンッ!


 主がマスターの襲撃を受けた。


 一撃で沈められた主の横で、マスターは怒りを顕わにしている。我々の何が怒りを買ったのかは、判らないが、ここは俺がなんとかしなければ、と思ったものの、それ以上に、大きな問題が起きていた。


 ……またしても、漏らしてしまったのだ。それも、思いっきり、たっぷりと!事もあろうに主とマスターの眼の前で、こんな失態をするとは!


 幸いお座りの姿勢だったため、まだバレていないが、尻まわりはびしょ濡れだ。尻を上げて土をかけたいが、そんな事をすれば、何があったか、バレてしまう。俺は尻を地面に押し付け、土が水気を吸い取ってくれるのを、ひたすらに待った。


 その間に、マスターは倒れた主から訓練棒を奪うと、


「ほ〰ら、ウォルド、取ってこ〰〰い」


 高々と放り投げた。


 これは絶対に取りに行かないと、いけないやつだ……本能がそう告げている。しかし、尻はまだ濡れたままだ!


(地面よ、早く吸い込め!でないと、マスターの投げた棒を取りに行けない!あれを取りに行かなければ、俺は……)


 だが土の吸収力は、呆れるほどゆっくりで、俺は更に強く尻を地面に押し付ける。あぁ、既に落ち始めている。速く、吸い込め、速く!あと少し……その時。


 ズゴンッ! (ぷぺっ)


 直ぐ側の地面に、訓練棒が深々と突き刺さった。


 (あぁ、さっき全部出た後で、助かった……)


 尻が少しゆるんだものの、出たのは空気だけだから、問題はない。それに、ようやく水気が地面に吸い込まれたので、これで立っても大丈夫だ。


 念のために、少しだけ場所を移動し、乾いた地面に尻を擦りつけていると、ようやく復活した主が、埋まった訓練棒を引っこ抜き、何か言いながらマスターに渡していた。おそらく、謝罪したのだろう。

 マスターの機嫌も良くなったようで、そこからは、ひたすらにマスターとの訓練となった。


 マスターが棒を投げ、それを俺がキャッチして、マスターへと持っていく。

 その間も、尻が更に乾くよう、尻尾で風を送り続ける。マスターはとても楽しそうだし、俺も尻が乾いて嬉しい。


 これであの失態は、無き物となった。


 まぁ一応、ご褒美のナデナデは、尻まわりは遠慮しておこう。

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