まずは、扉だ! いち
ちょぴり悲しく切ない記憶に浸ったってしまったけど、乙女は切り替えが大事。プスプスと開けた穴を、どうせなら可愛くしようと、繋げて花の形にしてみる。
(あっ、いいかも)
思いのほか可愛く出来たので、ついでに名前も入れることにした。どうせ明日になったら、消えてるからと、指先に魔力を流しながら、デカデカとエミリアと刻む。
(よし、完成!くふふっ、我ながら、良い感じー!)
立ち上がり、服についた土埃を払うと、アルノーさんが、こちらを心配そうに見ていた。ありゃん、心配させたようだ。
「えーっと、トイレは、すぐには無理そうだから後回しにして、先に子供の出入り問題を、ちゃちゃっと解決しますね!」
「ちゃちゃっと、ですか?」
「はい。ちゃちゃっと扉を付けて、終わらせます。ダンジョンの原状回復って、入口の外側は、関係ないですよね?」
一応確認しておく。アルノーさんが頷いたので、説明を続ける。
「わたしの師匠が持っている特許の1つに、特殊な魔法陣があって、それを入り口に刻むと、許可証を持たない人は、絶対、中に入れないんです」
この魔法陣は、商会の貴重品室の扉にも使われていて、わざわざ偽物のカギとカギ穴まで、用意してあるらしい。何年か前に、その偽カギを使って入ろうとした泥棒は、『すんげぇ笑える』状態で倒れていたと、ギレスが言っていた。
「なら、ダンジョンに来た冒険者全員に、許可証を渡すので?」
「いえ。冒険者なら絶対に持っている物を、許可証にしようかと」
「絶対、持って……あぁ、タグプレート!」
「はい。それなら、冒険者は入れるけど、子供は入れないから、問題解決です!」
だから今回手配するのは、扉を作るのに必要な木材と大工さん、そして師匠だ。前2つは、じい様にしてもらう。
こういう事は地元の人達に任せるのが一番だし、ここらの業者さん達に関しては、じい様の方が詳しいだろうからね。だから、わたしの仕事は、師匠と連絡を取ることだけだ。
師匠に手紙を書くために屋敷に戻ったら、じい様がウォルドと『取ってこい』をして遊んでいたので、
ドゴンッ!
背後から突撃をかました。
6歳児が仕事してるのに、自分はワンちゃんと遊んでるって、なに、それ、ずるい!腰がどうした、わたしも遊ぶ!
腰が、腰がとうめきながら、うずくまるじい様の手から、『取ってこい』の棒を奪うと、高々と放り投げる。
「ほーら、ウォルド。取ってこ〰〰い!」
だけどウォルドはお尻を地面につけたまま、動こうとはせず、放り投げた棒はそのまま落ちてきて、
ズッゴン!
地面に突き刺さった。
(えっ、わたしが投げたら、取ってきてくれない……)
ショックを受けて凹んでいると、じい様が半分ほど地面に埋まった棒を引き抜きながら、ウォルドは屋敷の塀ぐらいの高さで、庭の中ほどに落ちてくる『取ってこい』が好きだと、教えてくれた。
(そうか。ワンちゃんにも、好みがあるよね。ごめんよ、ウォルド)
じい様が教えてくれた高さと距離で、再度挑戦する。
「ほーら、ウォルド、取ってこーい」
「ウォン!」
今度は素早くキャッチして、持ってきてくれた。しかも尻尾をブンブン振りながら!ふへへっ、可愛いなぁ。そこからは、楽しく遊べた。
ウォルドとたっぷり遊んで、しっかりナデナデ出来たわたしは、お仕事に戻る事にした。じい様に、扉用の木材と大工さん達の手配をお願いし、師匠への手紙を書く。
アルノーさんには、自信たっぷりに説明したけど、本当にタグプレートが許可証として、使えるのかを確認しないといけないからだ。手紙を出すために、母さまの部屋へと向かう。
ノックしても返事がないので、そっとドアを゙開くと、母さまはソファでうたた寝していた。起こさないよう、静かに部屋に入り、机の上の2つの板のうち、送信板の前に立つ。金属板を上げて、水晶板に師匠宛の手紙をセットした。
これも師匠が特許を持っている魔道具の1つで、金属板に刻まれた番号をなぞることで、相手の受信板に書類の写しが送れる、良い便利なものだ。
これを使っているのは、この国の商会では、うちだけだ。7年前にこの方法を取り入れて以来、ハウレット商会は急激に大きくなったらしい。だって注文も在庫確認も支店同士のやり取りも、あっという間にできるからね。
金属板を下ろして、専用のペンで、師匠の自宅の受信板の番号4つを、順になぞっていく。最後に中央にセットされている魔法石にペンで触れると、水晶板に刻まれた魔法陣が光り、終了だ。
直ぐに返事が来た場合に備えて、紙を手に受信版の前に立つ。すでに紙が一枚置かれているが、返事は一枚とは限らないし、受信板には常に新しい紙をセットしておくのが、基本ルールだからだ。
師匠からの返事は、直ぐに届いた。
『タグプレートを許可証にするのは、可能よ。ただし、ギルドの許可と契約が必要』と、書かれていた。良かった。だけどギルドの許可や契約は考えてなかったから、少し悩む。
(これって、商会としての契約だよね?なら、母さまに手伝ってもらった方が、良いかも……)
とりあえず新しい手紙に、出来るだけ早くこちらに来て欲しいと書いて、その下に、じい様の屋敷の住所も書く。
再び送信板で手紙を送ると、毛布を持ってきて、母さまにそっとかけた。
「あれ。母さま、ちょっと太った?」
つぶやいた途端に、ほっぺが摘まれた。