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騒動の後始末

後半は、エミリアにお使いを頼まれたアルノーさん視点のお話です。

 誘拐騒動の次の日。揚げ芋の大袋を幾つも抱えたブランシ伯爵が、訪ねてきた。どうやら、わたしが昨日、揚げ芋を買う予定だったことを、アルノーさんから聞いたらしい。


「この度は怖い思いをさせて、申し訳なかった」


 応接間に通された伯爵は、優しげな目をしたおじさんだった。髪や眼の色はサンドラ嬢と同じだけど、ふっくらした体型のせいか、ずいぶん印象が違う。

 伯爵は揚げ芋をレノさんに渡したあと、まず、わたしとエドガーに頭を下げて謝ってくれた。そして、


「ガストン・ラベルさまにおかれましても、うちの娘がそちらのお孫さま達に対して行なった愚行の数々、まことに申し訳ありません」


 祖父さまにも、頭を下げた。

 その後は大人の話し合いをするからと言われ、部屋を出たのだけれど、揚げ芋を抱えて横を歩いているレノさんによると、今回の慰謝料の話をするらしい。


 確かにいろいろ迷惑をかけられたけど、庶民だと『ちょっと良いお菓子を手土産に、ごめんなさい』で終わるくらいのものだ。子供同士のことだしね。だから、慰謝料と聞いて、ちょっと驚いた。



 ブランシ伯爵が帰ったあと、エドガーと2人で応接間に戻ると、祖父さまがわたしとエドガーそれぞれに、書類を渡してきた。

 そこには今回の慰謝料として、わたしに200万デル支払うと書かれていた。ちらりと横をのぞくと、エドガーの慰謝料は10万デルだ。


「俺の分、なんか少なくない?」


 わたしの書類をのぞきながら、エドガーが不満げに言うけど、


「かってについてきたエドガーが、わたしと一緒なわけ、ないでしょ」


 あの時伯爵令嬢は、捕まえているわたしを連れて行くように、ノアに言ったのだ。


「アレ?あの時、俺も一緒にって言われた気がしたんだけど……」 


「呼ばれてない。それに一緒にって言ったのは、エドガーだし」


 つい昨日のことなんだから、忘れたとは言わせない。

 だいいち、わたしが伯爵令嬢に迷惑かけられたのって、あの時だけじゃあ、ないからね。


 だから、わたしから見れば、アレだけで10万デルは、ちょっともらいすぎな気がする。まぁ、それをいえば、わたしの200万デルも多いと思うけどね。

 でも祖父さまに言わせれば、少ないくらいらしいから、これがお貴族さまの相場なんだろう。


 庶民には、考えられない額だけど。

 だけど、くれるというんだから、素直にもらっておこう。お金なんて、いくらあっても困るものじゃないからね。

 

 でも揚げ芋は、別。こんなに沢山は食べ切れないし、置いていたらダメになる。しかたがないからわたしとエドガー、そして母さまと祖父さまが、それぞれ欲しい分だけ取り分けて、残りはレノさんにお願いして隣の衛兵詰所に持って行ってもらうことにした。

 もちろんウォルドの分は、がっつり、たっぷりよけてある。ふへへ、これをつかって今日一日、ウォルドとたっぷり遊ぶぞー!



 **



「あっ、アルノーさん。どうでしたか?」


 屋敷の門をくぐった途端、大きな犬(ウォルド)に揚げ芋を食べさせながら、ブラシをかけているエミリアさまに声をかけられた。


「相手方は、たいへん喜ばれておりました」


 今日一日は外出を控えるよう言われたエミリアさまだが、どうやら楽しい時間をすごされていたようで、安堵する。

 昨日、ちょっと買い物をするだけだから大丈夫だと言われ、うっかりお側を離れたことが、今も悔やまれてならない。

 ダンカン様からも厳しく注意されたが、いくらエミリアさまの身体能力が高く、その強化が素晴らしくても、まだ小さな少女だということを忘れてはならなかったのだ。

 今後は、このようなことは2度と起きないようにしなければ。


 しかし辺境伯の姪とはいえ、庶民のエミリアさまは、多額の慰謝料を受け取ることに抵抗があったのだろう。

 『もう、気にしていない』という内容の手紙とともに、引き換え用カードを全種(3枚)を入れた封筒を渡すよう、私に託された。


「ブランシ伯爵は、前からバトルカードのコレクターだって聞いたの。だから、もしかしたら持っているかもしれないけど……」


 そう言いながら。


「お手紙には、たいそう恐縮しておられました。同封されていたカードは、ゴホンッ」


 そこで思わず咳払いをした。その後も、口前の握りこぶしを外すことが出来ない。同封されているカードを見たときの伯爵の様子を、うっかり思い出してしまったからだ。


「持っておられたのはゴホン、一種だけだったそうで、非常にブフォン、喜ばれ……ブブン、ゲフン」


「ねぇ、大丈夫?」


 私の咳払いが止まらないことを心配されるが、これは吹き出しそうになるのをこらえる為のもので、決して病気ではない。しかしこのままだと、心配するエミリアさまに医者を呼ばれかねない。

 ここは伯爵には悪いとは思ったが、正直に報告することにした。しかし最後まで、耐えられるだろうか?


「あー、実はゴホンッ、よほど嬉しかったのかゲフン。カードを手にされた伯爵は、その場で、その、ゲフン、ゴホン。スキップをされまして……プッ」


 うっかり吹き出しそうになり、慌てて口を押さえる。

 なんせ頭の中で、少しお腹が出た中年男性がカードを掲げ、ヒャホホ、ヒョホホという叫び声とともに、その場でスキップをしながらクルクルと周り続けているのだ。

 もっとも実際には、伯爵はすぐに我に返ってスキップをやめられたのだが、困ったことに、頭の中ではその光景が繰り返し再現されている。


(アレを目の当たりにしても笑わなかった自分を密かに褒めていたのに、まさか思い出した途端、耐えられなくなるとは!)


 必死で口を閉じ、腹に力を入れる。


(腹筋が痛い……しかし、ここで笑うわけには……)


 それなのに。


「おじさんのスキップかぁ。ちょっと見てみたかったかも……」


「ブㇷッ!」


 思わず、吹き出してしまった。しかもエミリアさまは心の声を漏らすだけではなく、何やら想像されているようだ。ニヤニヤとされたかと思うと、


「ぶへへっ」


 変な笑い声が漏れ聞こえたが、これは聞こえなかったことにしておこう。

お読みいただき、ありがとうございます。

次作の投稿は9月9日午前6時を予定しています。


評価及びブックマーク、ありがとうございます。

感謝しかありません。

また、<いいね>での応援、ありがとうございます!何よりの励みとなります。


誤字報告、ありがとうございます。

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