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従僕のため息 

「あっ、ノア。こっちよ、早く!」


 地面に寝そべり、上体を少し起こした状態で呼んでくる(あるじ)のもとに向かいながら、今日、何度目か判らない溜息をつく。


(うちの草原猪(グラスボア)ときたら、ちょっと目を離すと、スグこれだ……)


 しかも主の伸ばされた手の先には、昼に砦跡から戻る際、世話になった少女が足首を掴まれた状態で、困った顔をして立っていた。


(あぁ、嫌な予感しかしない……)


 思いながらも、わずかな期待を胸に聞いてみる。


「お嬢さま。コレって、新しい遊びですか?」


「違うわよ!」


 その即答に、思わず胃のあたりを押さえた。


(胃薬案件、確定だ……)


 **


 ブランシ伯爵家には、親父がずっと仕えていたこともあり、俺は8歳のときに、お嬢さまの遊び相手として屋敷に呼ばれた。


 貴族令嬢、それも2歳児の遊び相手なんて、部屋の中で積み木やぬいぐるみを並べる程度だろうから楽勝だと思っていたが、そんな甘い考えは初日に叩き潰された。

 フワフワした金髪にリボンを結び、水色の瞳を持つ可愛らしい幼女の『遊び』は、基本的に伯爵邸の庭を散策することで、しかもこの幼女、気になるものを見つけると辺りかまわず走りだすし、しょっちゅう転ぶ。

 ちなみに転んだあとは、『泣く』でも『起き上がる』でもなく、そのまま関心を地面に移して、芋虫やダンゴムシのマネをするまでが、お約束だ。


(コレ、ホントにお嬢さまかよ……)


 よく見れば、着ているものは仕立ては良いが、洗いやすい素材で、よけいな飾りなどは付いていないし、頭に付けられたバカでかいリボンも、万が一、見失った時用の目印だと理解した。

 そして初日が終わるころには、俺はお嬢さまに草原猪(グラスボア)というあだ名をつけていた。もちろん、心の中でだが。



 こうしてお嬢さまの外遊びの相手となった俺は、2年後には遊び相手兼従僕へと昇格(?)し、さらに2年経つころには護衛兼従僕となって、いまに至る。


 ありがたいことに、お嬢さまの草原猪(グラスボア)ぷりも、歳を経るごとに少しずつ収まってきたので安心していたのだが……

 どうやら半年ほど前に、久しぶりに盛大に転んだ際、頭をぶつけたのが良くなかったようだ。


 なにせその時以降、突飛な言動が目につくようになったからだ。


 誕生祭で王都に行った時は、会ったこともない『マキシムさま』とやらに会うのだと言って、わざわざ着飾り、さんざん俺を連れ回した挙げ句、会えなかったと嘆いていた。


 いや。そもそも、なぜ『マキシムさま』がその場に来ると思っていたのか、謎でしかない。

 

 その次はグリヴの町の新年祭で、今度は別の男と、その妹に会いに行くと張り切っていた。こちらも当然、会ったことのない相手だという。

 しかもその2人を伯爵家で雇いたいと言い出したので、頭を抱えた。


 お嬢さまにしてみれば人助けのつもりかもしれないが、そんな素性の判らない相手を、旦那さまが雇うはずがないのだから。それなのに。


「白髪の兄妹を見かけたら、絶対に教えなさいよ!」


 そんな目立つ特徴の兄妹がいたら、見逃すはずがない。しかし、俺にはさがす気はないし、もし偶然見つけたとしたも、教えるつもりもなかった。

 まぁ、それとなく聞き込みはしてみたが、不思議なことに、そんな兄妹のことは、誰も知らなかった。


(地元民の誰も知らない兄妹に、どうやって会う気なんだ?)

 

 結局、お嬢さまは祭りが終わるまで粘っていたものの、今回も会えなかったと嘆くことになった。

 俺にしてみれば、当然の結果だが。



 そして今回。

 旦那様が収集されているカードがらみで再度訪れたクリヴの町で、木工遊具で楽しまれている間は良かったが、その後がいけない。


 なぜか早朝から砦跡に、それも貸し馬車ではなく乗り合い馬車で行くと言い張り、砦跡に着いたは良いが、中に入れないと判ると、今度は身分を使ってゴリ押ししようとするしまつ。

 しかも見ず知らずの少女に対して、あまりにも失礼な言動を繰り返し、馬車に乗せてもらったことに対するお礼いもおざなり。

 ここまで来ると、いくら俺でも庇いようがない。


 挙句の果てに、バトルカードをみた途端、ポケ◯ンカードモドキとか、テンセイシャなどと意味不明な言葉を呟き出したかと思うと、そのまま外に飛びだした。

 慌てて荷物を置いて探しに出ると、くだんの少女を身を挺して足止めしている主を見つけたのだ。まさに文字通りに。


 しかたがないので、お嬢様の希望どおり少女を宿の部屋に案内したのだが、少女の従兄弟だと言う少年もついてきた。それはしかたがないことだ。 

 なんせ、怪しさ満載だからな、うちのお嬢様の行動は。


 その後、なんとか誤解は解けたようで、お嬢さまは今度はきちんと謝罪していたが、どうやらすでに遅かったようだ。気づけば俺とお嬢さまは、部屋に押し寄せた大勢の騎士達にとりかこまれていたのだから。



 **



 結果だけを言うと、俺とお嬢さまは、『辺境伯の親族である子供たちを連れ去った悪辣(あくらつ)貴族とその手下』として、捕らえられたのだ。


 ただ、ありがたいことに、お嬢さまがまだ子供なのと、相手の子供たちが『ちょっとした誤解があったけど、それはもう、解決した』と説明してくれたおかげで、衛兵詰所の一室で厳重注意を受けるだけで、すぐに釈放された。


 もちろん迎えに来てくださった旦那さまからは、宿に戻った後に2人して、コンコンと説教をされることになった。

 そして俺は2ヶ月の減俸、お嬢様は3ヶ月間の自宅謹慎と、半年間の小遣い停止が言い渡された。

(胃薬欲しい……)

お読みいただき、ありがとうございます。

次作の投稿は9月3日午前6時を予定しています。


評価及びブックマーク、ありがとうございます。

感謝しかありません。

また、<いいね>での応援、ありがとうございます!何よりの励みとなります。


誤字報告、ありがとうございます。

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