怪しい女の子 にぃ
この作品が第8回アース・スターノベル大賞の銀賞を受賞しました。これもすべて、読んで下さる皆さまのおかげです!
「だから、お金は払うって言っているでしょう!」
(げっ、この声は……)
門を出たら、先ほどの怪しい女の子が、今度は乗り合い馬車の御者さんたちと揉めている姿が、目に入った。
「こんなにお願いしてるのに、なんでダメなのよ!」
「悪いが馬は休憩中だし、オレたちは今から昼メシなんだ。それに時間でもないのに、勝手に馬車を走らせたりしたら、こっちが協会に叱られちまう」
3台ある乗り合い馬車の馬たちは、たっぷりの水と飼葉をもらって、専用馬房でのんびり食事中。そして馬の世話が終わった御者さんたちも、とうぜん休憩中なのに、女の子は馬車に乗せろと騒いでいるわけだ。
乗り合い馬車の御者さんは、全員『全国乗り合い馬車協会』に所属していて、そこの規則はけっこう厳しい。もちろん時間外や、停車場以外の場所でお客を乗せたり降ろしたりするのは、禁止されている。
(庶民だと子供でも知っていることなのに、お貴族様は知らないみたいね)
「だったら、どうやって町まで戻れば良いのよ!」
「夕方になったら走らせるから、その時に……」
「夕方って、まだ昼前なのよ!それまでこんな所で、どうしろっていうのよ!」
中にも入れないのにと騒いでいるけど、そんなに元気なら、歩いて帰ればいいのに。町まで、2時間ちょっとの道のりだ。
そもそもお貴族様なのに、帰るための馬車がないなんて、どうやって砦跡まで来たんだろう?もしかして、従業員用の乗り合い馬車に乗ったとか?だとしたら……
「ねぇ、アルノーさん。なんだか、すんごくめんどくさいことになりそうな予感しか、しないんだけど」
「確かに」
実はもうすぐ、迎えの馬車が来るのよ。パシェット商会の商会印が入ったヤツが。それも3日前に納車されたばかりの新車よ、新車!しかも4人乗り!
そしてわたしたちは2人、あちらも2人。なんてこった、定員ピッタリだ!
「絶対、乗せろって言って来るよね」
「おそらく」
「しかも、タダで」
「……」
否定しないってことは、そう思ってるな。
ちくしょう。こんな事なら、無理やりエドガーとマキシムを連れてくれば良かったわ。だったら馬車は満員だから、歩いて帰るように言えたのに。
案の定、迎えの馬車が馬車回しに入って来てすぐに、女の子たちが近づいてきた。そしてわたしとアルノーさんが馬車に乗り込もうとした時、後ろに控えていた男の子が、ずいっと前に出てきて、頭をさげる。
だけどわたしは、その子が開いた扉から中を確認したのを、見逃さなかった。
「お急ぎかとは思いますが、もしグリヴの町に戻られるのでしたら、主と私も乗せていただけないでしょうか?」
あと2人、乗れるのを判った上に、御者さんたちに聞こえるような声の大きさで聞いてくる抜け目の無さは、商人として嫌いじゃあない。だけど今は、怪しさが増しただけだ。
だから乗せたくないけれど、人前で丁重に頼まれたせいで、イヤとはいいにくいのよね。それに、これ以上御者さんたちに迷惑かけるのもなんだから、しかたがない。
万が一に備えて、一応ポケットの中にいろいろ入っているのを確認してから、アルノーさんに頷く。
「どうぞ」
そっけない言い方になったのは、許して欲しい。だってこの2人に、愛想よくする理由も必要も感じないんだもん。
**
「助かったわ、ありがとね。ところであなた、あの砦の責任者なんでしょ?あそこに男の子と狼が住んでいたはずなんだけど、どこに行ったか知らない?」
馬車が動き出した途端、向かいに座った女の子はシャボンのように軽いお礼を言ったあと、聞いてきた。
これって、答える必要は無いよね。だってワンコ兄弟は、この子のことを知らないって言ってたもの。
シャボン?すぐに割れて消えてったわ。だから逆に質問することにした。
「あなた、誰なの?それに、なぜ砦跡に入りたがるの?目的はなに?もしかして、よその商会の間諜なの?」
「スパイって、私はダ……」
そこでお付きの男の子が、女の子の口を塞いで、代わりにいろいろと話しだした。
「紹介が遅くなり、申しわけありません。この方はブランシ伯爵家のご息女サンドラさまで、私は従僕兼護衛のノアと申します。この度は主ともども、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
ようやく名前が判ったわ。サンドラお嬢さまに、ノアね。ホントかは、判らないけど。
「実は、うちのお嬢様はひどく惚れっぽい方でして、好きになったけど、どこの誰かわからない相手を訪ねるのも、これで3度目なんですよ。ですから、あまりお気になさらないでください」
ノアが笑いながら話す横で、サンドラお嬢様は顔を真っ赤にしてモゴモゴ言ってる。
「ぷはっ!ノア、私は」
クーキュルルル……
ノアの口封じから、なんとか逃れたサンドラお嬢さまだけど、その言葉は盛大な音にさえぎられた。
誰かのお腹が鳴ったのだ。
まさかと思って自分のお腹をおさえるけど、どうやらわたしではない。アルノーさんも首を振り、ノアも自分じゃないと手を振っている。ってことは……
さっきよりも赤みを増した顔で俯いている、サンドラお嬢さまで確定だ。
「朝ごはん、いつもより早かったから……」
チラリとこちらに視線を向けながら、つぶやくように言うけど、その視線はわたしの持ってる紙袋に釘付けだ。
しまった。パンのいい匂いがしてるから、中身がバレバレじゃない!
だけど馬車に乗せたうえに、パンまで欲しがられても困るわ。
それにコレは、母さまのお使い物だからね。妊婦の食べ物への執着と怨みが、どんだけ恐ろしいか!だからここはキッチリ、ハッキリ言っておかないと、わたしの身が危ない。
「これは、あげられませんよ。お使い物なので」
紙袋をしっかり抱えなおして、そっぽを向く。だいいち、町までは三十分ほどだ。それまで我慢したら、好きなものを食べられるんだから、庶民のパンを欲しがらないでくれる?
***
グリヴの町に着いて2人を降ろしたあと、もう二度と会わずに済みますようにと、わざわざ神殿にまで行って女神ドラーラに祈ったのに、どうやら神殿への寄付を小銀貨1枚(500デル)とケチったのが悪かったのか、またまた遭遇してしまった。しかも。
「あなた、転生者でしょう!」
テンセイシャ?なんだ、それ。意味わかんないし……
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次作の投稿は7月30日午前6時を予定しています。
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