怪しい女の子 いち
ダンジョンツアー開始から、1ヶ月。
ツアーの予約は3ヶ月先までみっちりと埋まっているし、予約申し込みの手紙も毎日届いている。
使用後のメダル加工も、絵柄を増やしたこともあって、いまではツアー最後の儀式みたいになっていた。
木製遊具も、大評判だ。
木製遊具で遊ぶために宿泊を伸ばす参加者も出るほどで、このままここに住むとごねたり、小さい物でいいから自宅に欲しいと騒ぐ運動小僧たちが、毎日生産されている。
実はすべり板やゆらりんこ、登りロープなどがついた物を、マキシムを通して木製訓練道具の技師さんに考えてもらっているのよね。もうちょっと落ち着いたら、販売したいなあって思って。
まぁ、技師さんの派遣とか、値段なんかの問題点もあるけれど、肝心の特許に関しては、パシェット商会は使いたい放題だからね!
もちろんオセローとバトルカードも、順調に売り上げを伸ばしている。
オセローは、裕福でも庶民は1つか2つ買って終わりだけど、お貴族さま達はたいてい、1つ買って、特注品を注文して帰っていく。とりあえず遊ぶ分は確保するけど、自分だけの物が欲しいみたい。
そしてバトルカード。これはセットもだけど、それ以上に3枚入りの小袋が、袋詰めが間に合わないくらい、売れている。なぜか、おじさん達がまとめ買いしていくからだ。
売店に置いてある分を全部買いしめたせいで、後ろに並んでた子が売り切れで泣き出すなんてことが度々おきたものだから、とうとう『1回の購入は、1人3袋まで』って規制をつけることになったの。
買ってくれるのは、ありがたいんだけどねぇ。
さて、今日はダミアンと新しいカードの図柄で相談したいことが出来たから、砦に行くことにしたんだけど、どうやらエドガーとマキシムは、ツアー参加者に知り合いがいたらしく、『バトルカードの遊び方を教える』のに忙しそうだ。
だから、アルノーさんと2人で砦跡に行くことにした。
砦跡までは、乗り合い馬車が朝夕3便づつ出ていて、ちょうど朝の最終便が出発するところだったので、急いで乗り込む。
「パン買うの、忘れないようにしないと!」
砦跡に行くと話したら、『黄色い小鳥亭』の白パンを買ってきて欲しいと、母さまにたのまれたのよ。
「そうですね。最近は昼過ぎには売り切れるらしいですから、最初に寄りましょうか」
「そうした方が良さそう」
うちの絵師お勧めのパン職人は、ちょっと不思議な力を持った女の子・アリスと、そのお母さんだった。
ダミアンがいうには、アリスには癒しの力があって、彼女が作るパンを食べたら元気になれるんだって。
くふふん。毎日そんなパンを食べている砦跡の業員たちは、今日も元気いっぱいで働いていることだろう。そしてわたしのお財布には、お金がカッポリカッポリと入ってくるのよ!ふほほほほ!
でもこのことは、秘密にしておかないと。だって大事なパン職人が引き抜きなんかされたら、専属絵師の機嫌が悪くなるどころの話じゃなさそうだもの。
***
砦跡前の馬車停留所で馬車から降りると、門の辺りがなんだか騒々しい。
「だがら、ちょっと入れてくれるだけで良いって言ってるでしょ!あとは自分で探すから」
騒ぎの原因は、わたしより少し大きな女の子で、その子は自分を砦跡の中に入れるよう要求していた。その後ろでは、お仕着せを着た男の子が退屈そうにしている。
「貴族の方でも、許可証のない方を入れるわけにはいきません」
あー、お貴族さまなんだ、あの子。めんどくさいなぁ。2人いる守衛さんも、困ってるし。
「面会でしたら、正規の手続きを取って、ここでお待ち下さい。まず、こちらにお名前と、相手の名前を書いて……」
面会名簿をひろげながら、一生懸命説明してるのに、
「だから、そんな大層な話じゃないの。ここに住んでるはずだから、ちょっと入ってホントにいるかどうか、確認したいだけだから」
それをさえぎって、入れろって……もう、あつかましいを通り越して、怪しく見えてくる。だから。
「ねぇ、住んでるのを確認するって、ダレのことを?」
そっと背後から忍び寄って、肩越しに声を掛ける。もちろん、アランさん直伝のドスをきかせてね。
「ひぃっ!な、なんなのよ、あなた!」
効果はばつぐんで、女の子は横に3歩分、飛び退いた。
「この砦跡の責任者」
「はぁ?あんたみたいなちびっ子が、責任者なわけないでしょ。ふざけないで!」
ホントのことを教えたのに、ふざけるなと言われるとは思わなかったわ。うん、決めた。この子は何があっても、絶対に砦跡には入れてあげない。
プリプリしている女の子をその場においといて、アルノーさんと2人、さっさと砦跡にはいる。そのついでに、「あの子、なんか怪しいから、絶対入れないでね」と守衛さんにお願いしておく。
「ちょっと、なんであの子は入れるのよ!」
「あの方は、ここの責任者ですから」
「えっ、ほんとに責任者だったの?」
背後から聞こえてくる会話に、ふふん。今さら慌てても、おそいからねと思っていると、
「お嬢さん。ホントに目当ての人が、ここにいるんですか?」
「いるはずよ。だって、森はまだ寒いもの。でもこんなに人がいたら、隠れて住むにも限界があるだろうし……もしかして、追い出されたとか?!えぇ~、そんな可哀想なこと、普通する?」
そんな会話が聞こえてきた。
森?隠れて住む?……もしかして、ワンコ兄弟に会いに来たの?ふむ。どうやら専属絵師にはパン職人のアリス以外にも、付き合っている子がいたようね。そして、わざわざ会いに来たってことは……
コレってもしかして、三角関係のシュラバってやつ?いゃん、ちょっとドキドキしてきたわ。くふふん。これはダミアンに、しっかり話を聞かないと!
『黄色い小鳥亭』でお使いをすませると、ダミアンのところに向かう。
そのままだと自動的に顔がニヨニヨしてしまうので、ムニンッとほっぺの端を引っ張っておく。よし、これで大丈夫。
ダミアンは、大口を開けたジルの絵を描いている最中だった。
「さっき、ダミアンに貴族の女の子が会いに来てたよ」
ダメだ。ほっぺを引っぱっていても、ニヨニヨしてしまう……
「貴族の?どんな?」
門の前にいた子の、見た目を説明する。
「そんなやつは、知らない」
「我も知らん」
おゃん?
「冒険者してる時に、依頼を受けたとかも?」
「ない。そもそもパシェット商会に雇われるまで、俺たちがここに住んでるのを知ってるやつなんて、いないし」
ダミアンの言葉に、ジルも頷く。
なんだ、三角関係じゃなかったのか。ちょっとがっかり。
でも、だったらあの女の子は、なにしに来たんだろう?はっ、まさか絵師や新作カードについて探りに来た間諜?!
そういえば、何度も砦跡に入り込もうとした男がいたって報告があがっていたわ。全部ジルが追っ払ったらしいけど。
だけど子供で、しかも良いとこの令嬢なら、周りも油断すると思ったのかも?
お読みいただき、ありがとうございます。
次作の投稿は7月23日午前6時を予定しています。
評価及びブックマーク、ありがとうございます。
感謝しかありません。
また、<いいね>での応援、ありがとうございます!何よりの励みとなります。
誤字報告、ありがとうございます。