乙女の襲撃 いち
「たぁのぉもー、たぁのぉもー」
ガゴン、ゴゴンと扉のノッカーを、愛用ステッキ『ひっかけ君』で叩きながら、声を張り上げる。ここには大事な母さまを泣かせた、極悪人が住んでいる屋敷だ。
そんな輩は、成敗すべし!ってことで、思い立ったら即行動!こっそり宿を抜け出し、只今、絶賛襲撃中だ。
さらに気合を入れて、もう一度声を上げようとしていると、ようやく扉が開いた。そこに立っていたのは、お仕着せを着た品の良いお爺さんで、わたしを見てびっくりした顔をしているけど、襲撃犯には、そんな事は関係無い。
「じい様は居ますか?」
腰を屈めて私を見ているお爺さんの鼻先に、『ひっかけ君』を突き付け、出来るだけ低い声を作って、聞く。いわゆる、ドスを効かせる、というやつだ。護衛係のアランさんに教わった方法で、ゴロツキなんかは、コレだけで逃げ出すらしい。
「……というか、あなた様のお名前を、お伺いしても?」
しまった!名乗るのを忘れていたわ。乙女たるもの、礼儀作法は大事だというのに。
「エミリア・ハウレットです。もう一度、聞きます。じい様は、居ますか?」
更に低い声を頑張って出す。けど、ちょっと喉が痛いかも?いや、頑張れ、わたし!
「ハウレット?!それに、そのお姿は、もしやアンジェリーネお嬢様の……しかし、なんと……」
そう呟きながら、なぜかお爺さんはへなへなとその場に座り込んでしまった。しかも、目には涙まで浮かべてる。
(えっ、わたし、まだ何もしていないのに、何で?)
するとそこに、
「おい、何を騒いでいる!」
奥から、いかつい感じの、偉そうな男の人が現れました。白髪混じりの金髪に、薄青の瞳のお爺さん。おそらくアレだ。間違い無い!そうと判れば、お腹に力をいれて、一歩前に踏み出す。
「じい様ですか?じい様ですね!母さまを泣かせた罰です!神妙に、わたしにお尻ぺんぺん、されなさい!」
鼻息も荒く、『ひっかけ君』を振りかざす。しかし、じい様らしきその人は、幽霊でも見るような顔でわたしを見たまま動きません。おや?もしや、わたしの迫力に恐れをなしたか?などと考えていると、
「うあぁぁぁぁーっ」
叫び声を上げながら、わたしに縋りついてきた。
(えっ、なに、これ……えーっと、わたし、どうすれば?)
あと2週間で6歳になる、わたしエミリアは、ハウレット商会の跡取りである、エドモンド父さま(銀髪に青い瞳のイケメン!)と、アンジェリーネ母さま(朱色のメッシュの入った金髪に緑の瞳の美人!)の一人娘だ。
両親の髪色を足して二で割ったような、淡い金髪に朱色のメッシュの入った髪は、わたしの自慢だし、左が緑、そして右は金色の、いわゆるオッドアイと呼ばれる瞳も、気に入っている。
まぁ、この瞳を気味が悪いと言う人もいるが、そんなことは気にしない。もっとも、両親はその度ひどく怒るのだけどね。ほんと、愛されてるよなぁ。ふひひっ。
しかし、そんな素敵な両親だけど、結婚はすんなりとは、いかなかったらしい。母さまの父様が反対したからだ。
どうやら父さまが商人なのが、気に入らなかったじい様は、結婚の許可を求めに行った父さまを、話も聴かずに追い返したのだと、古参の従業員が教えてくれた。
その事に腹を立てた母さまは即座に家を飛び出し、半ば駆け落ちみたいな形で、二人は結婚したのだけど、そのせいで、今までじい様とは、一切、連絡が取れていなかったそうだ。
ただ今回、支店の視察旅行で、じい様の屋敷の近くまで行くから、これを機会に連絡を取ってみようって事になったのだ。
両親は、わたしをじい様に会わせたかったんだよな、きっと。
でも、向こうは会う気が無いようで、手紙の返事さえ返ってこなかったため、昨日この町に着いたと時に、わざわざ、この屋敷まで赴いて、門番さんに手紙を託したんだけど、今朝宿屋に届いた返事には、≪会うつもりは無い≫とだけ書かれていてさ。
それを読んだ母さまが泣き出したため、こうしてわたしが乗り込んで来たんだけど……
(いや、今はそんな事よりも、この状況を何とかしないと…)
現在わたしは『ひっかけ君』を持った手を、下ろす事さえ出来ない状態で、うぉんうぉんと泣き散らすじい様に抱きつかれ、ハンカチを目から離せないお爺さんに、足を掴まれて、動けずにいるのだから。
しかも、この爺様たち、こっそり身体強化をかけて、わたしが逃げられないようにしている辺り、タチが悪い。
一応、逃げられるか、少し試して見たけど、無理だったわ。まぁ痛くは無いから、良いけどさ。
そして今、遠くの方から、門番らしき人の声と共に、父さまと母さまの声が聞こえてくる……
(あぁ、これって、わたしが父さまに、お尻ぺんぺんされるヤツだわ………)