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 劇を観ようと体育館を訪れるとまだ前の軽音部のライブが終わったところだった。体育館は超満員でパイプ椅子の座席は埋まっており、蒼汰たちはステージ近くの壁際で待機する。


「それにしてもすごい人数だな」

 

 蒼汰は満員の体育館をぐるりと見渡した。英殿の生徒が集まっている。他の一般客は男性層が目立つ。birdsが美少女らしいのでそれが目当てなのかもしれない。


「だな。こんなに集まるなら入場料でも取れば儲かるのにな」


 樹高の言うことには賛同するが、あくまで学校の文化祭。模擬店でも材料費を回収できるくらいの価格設定ばかりだったし儲けを出すことは意識していないようだ。


 ライブの熱気が冷めやらぬうちに次のステージが幕を開ける。盛大な拍手が連続で打ち上がる花火のように館内を埋め尽くした。


 入口で配布された資料に軽く目を通す。天女の羽衣のざっくりとしたあらすじとキャストが書いてある。噂のbirdsの名前が書いてあるのはーーーー。


若殿: 倉敷百夢

天女: 雛彩羽瑠唯

姫:  鷹取香織


 役名だけでbirdsへ向けられる期待の大きさが推し量れる。それにしても天女の羽衣に“若殿”や“姫”なんてキャラはいなかったはずだ。どんな風にアレンジされているのか気になるところ。


 最初に出てきたのは男装した生徒。彼女が若殿役の倉敷百夢。その後ろには従者らしき生徒が数名。戦が終わったあとの帰路、山道を歩いているところから開幕した。


 若殿に隣国の姫との縁談があるという会話のあと山賊に強襲されてしまう。若殿や従者らの見事な殺陣が披露されると客席から拍手が飛ぶ。見事の一言に尽きる殺陣。相当練習したに違いない。その殺陣の最中に若殿がはぐれ、山中を彷徨う。すると観客の空気が変わったのを肌で感じる。


 理由は湖をにおわせるセリフを若殿が言ったから。観客の期待が沸騰していくようだ。観客がまちのぞんだ天女のシーン。本来は水浴びしている最中に羽衣を盗むのだが、改変されて岩の上に倒れている。ありがちな設定だが盗人設定よりずっといい。


 若殿が倒れていた天女を抱き起こす。ここで始めて天女の尊顔が披露されて会場がどよめいた。 


 アイドルと言っても通用しそうなルックスだ。天女の衣装もすごく似合っているし、身長が高めなので舞台に立っても存在感がある。

 

 彼女が雛彩羽瑠唯…………


 天女役の生徒の名前を確認した矢先、近くの英殿の生徒の声が聞こえてきた。


“何かのトラブル? ”

“天女役、雛彩羽さんじゃなかったの?”


 収まらぬ観客の動揺。大声で騒ぐマナー違反者はいないが、小声での会話が耳に入る。役者が変わっているらしい。


“鷹取さんの天女姿、綺麗”


 次第に天女を褒める声が増えてきた。今の天女がbirdsのもう一人鷹取香織のようだ。そして本来天女役をやるはずだった雛彩羽瑠唯が演じたのは“姫”。


 彼女が舞台に登場した瞬間、目を奪われた。


 雛彩羽瑠唯が天女の役をやらなかった理由は分からずとも、天女役に選ばれた理由は一目瞭然だ。


 蒼汰は雛彩羽瑠唯の演じる姫から目を離せなかった。


 ストーリーはこのあと若殿に救われた天女が嫁いだがそれを心よく思わない姫。何とか追い出そうとする姫は羽衣を盗んでしまう。自由に空を飛べると喜んだのも束の間。羽衣は心が清い人しか使えず、城から飛び立った姫は崖の下へ。若殿と天女は幸せに暮らした。



 こうして劇の幕は降りた。


 この劇を目当てにしていた人たちが席を立ち、体育館を出ていった。


「いやー、結構楽しめたなぁ! 俺たちも次のとこ行こうぜ」

 

 樹高が伸びをして出口の方へ歩いていく。その後ろには宇が背後霊みたいにピッタリとくっついている。彼女なんだから隣を歩けよ! と言いたくなる光景だ。



「ほら、お兄。行くよ」

「ハイよー」


 玲奈に袖を引っ張られて樹高たちに追いつく。


「birdsの二人、予想以上に可愛かったよな」

「お前……彼女の目の前でよくそれを言えるな」

「好きと可愛いは別! だろ?」

「それはそうだけど……」

「宇もそれは理解してくれてるよ」


 後ろを振り返るととてもそうは見えない………。宇のギョロりと大きく開いた目を視ても樹高は同じこと言えるのか?


「雛彩羽瑠唯と鷹取香織……。蒼汰的にはどっちが好みなんだ?」

「どっちも可愛かった」

「んだよー。そのつまらん回答は! ちなみに俺は……」

「やめろ! 言うんじゃない! それ以上言うと……」


 背後を確認するなんて真似は恐くてできないが、コレ以上樹高に話しはさせてはいけないと直感が訴える。


「なら教えてくれよー。好みはどっちだ?」

「雛彩羽…………雛彩羽瑠唯の方だよ」 

「へぇ。お兄、ああいう娘が好きなんだ」

「好きとは言ってないだろ」


 玲奈が変な勘違いをしないように釘を刺す。彼女のおでこを指で小突くオマケつきで。


 玲奈は「イテテテ」とおでこを押さえた。


 それに今日はナンパしにきたんじゃない。玲奈が他の人に慣れるように来たんだ。


 お化け屋敷で受付嬢と会話をさせたときは変な事を言ったし喫茶店ではウェイトレスさんと話す素振りもなかった。こうして顔見知りの樹高たちと一緒にいても会話もない。


 ーーーーもうちょっと観てまわるか。


 人を嫌っている様子ではないし、無口でもない。家族以外と長い間話してこなかったのが玲奈のコミュニケーション下手の原因だろう。


 なら足りなかった経験を補ってやればいい。時間が許す限り色んな店を見て玲奈に会話をさせた。

 

 



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