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英殿女子校の文化祭当日ーーーー。
蒼汰はペーパーフラワーが満開に咲いたゲートを見上げた。
黄色やピンク、赤と色とりどりに咲いたペーパーフラワー。中心から寸分の狂いなくシンメトリーに配置されていて製作者の几帳面さが伺える。
そのゲートを玲奈が通った。楽しみで待ち切れないという様子だ。振り返った玲奈は手を振る。
「お兄! 早く!」
次いで樹高と彼の彼女の石井宇が行き、蒼汰は最後に校内に入った。
世界から隔離するようにそびえ立った塀の中は、ごくごくありふれた文化祭が行われていた。女子校のお嬢様学校というから中世の貴族みたいなイメージがあったが違うようだ。屋外への出店はなく、来客は校内に吸い込まれていく。案内板を見た感じ、各クラスの教室がそのまま出し物のスペースになっているようだ。屋外に屋台がないのは女子生徒だけで組むのが大変だからだろうか。
そんなことを考えて案内板を見ていると玲奈が目をキラキラさせていた。
「玲奈。どこに行きたい?」
「お化け屋敷!!」
玲奈が答えると樹高が腹を抱えた。
“間に合っているだろ!”
言葉にしなくても樹高の言いたいことは分かった。
お化け屋敷で置き去りにしてやろう。
「それよりも何で宇さんがいるんですか?」
樹高の後ろに女が立っている。息を殺したようにひっそりと、静かに……。
「愚問。樹高が浮気しないようによ」
背すじが寒くなるような声。宇が唇を吊上げて笑うと樹高は青ざめ震えた。
「さ、寒くなってきたし早く行こうぜ、お化け屋敷!」
寒くなったのは気候のせいじゃないような気がするが、それを口にしたら何かが終わってしまう。そんな予感がした。
お化け屋敷をしているのは三年Aクラス。四階まで上がると入口には順番待ちの列ができていた。元々学校外からの客が多く、どこもかしこも満員だった。回転効率の悪いお化け屋敷はより客を捌くのに時間がかかっているらしい。
「楽しみだね、お兄!! 何人潜んでいるかな?」
妹がお化け屋敷で別の楽しみ方をしようとしている。注意してやりたいが無垢な笑顔を浮かべられたら何も言えない。
玲奈が引きこもりになって久しい。そうなったキッカケはボロい家を口実に始まったイジメ。まぁ、数日後にイジメグループを崩壊させたらしいのだが……。いくらやり返したとはいえ、もっと他人に対して怯えをみせると思っていたが杞憂だったみたいだ。この分なら他人とのコミュニケーションもこなせそうだ。
過保護過ぎたのかもしれないと自嘲する。
“このあとどうする?”
“軽音部がライブやるからいこーよ!”
前に並んでいた人の会話が聞こえてきた。英殿女子校の生徒たちだ。
“いいねー! そのあとの天女の羽衣は観ていくでしょ”
“雛彩羽 瑠唯先輩が出るんだから当然じゃん!”
“私、鷹取 香織先輩推し〜!”
キャーキャーと騒ぐ。雛彩羽瑠唯と鷹取香織という二人の生徒は校内で有名な人らしい。どの学校にも有名な生徒はいるが、彼女らがこの学校での当該人物のようだ。
前にいた生徒がお化け屋敷に入っていく。蒼汰たちの順番が回ってきた。
「ようこそ。いらっしゃいました。何名様でしょうか?」
受付兼案内役の生徒が訪ねる。一度に入り過ぎないように出口で待機する生徒と調整していた。受付の生徒の質問に答えるように玲奈の背中を押す。
簡単な受け答えさえできればいい。そうすれば人間社会から弾き出されることもないだろう。
玲奈は勝ち誇った顔で毅然とこたえた。
「七名です!」
玲奈は何を言い出したのだろう。蒼汰、玲奈、樹高、宇の四人しかいない。残りの三人はどこにいるのか……。ふと冷や汗が頬を伝う。
「四名です! 四名!」
一人ずつ指を指して訂正した。受付の女の子は不思議そうに首をかしげる。普通一緒に行動するメンバーの人数は間違えない。そういう反応をするのが当然。
「よ、四名様ですね? どうぞお入り下さい」
暗幕で包まれた暗闇へ突入する。ホラーに徹しきれていない墓場セットの道を進んで、もう一つの暗幕から出たとき蒼汰はため息交じりに項垂れた。
七回ーーーー。
壁や背後から驚かされた回数。その回数と同じだけ人が隠れていたということだ。
玲奈の満足感溢れる横顔に頭を痛めるしかなかった。
お化け屋敷の楽しみかたがもう、赤と白のボーダーの服を着たオジサンを探す絵本と同じ…………。