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十月ももう終わりだ。木枯らしが心に染み渡るようになった昼休み。蒼汰は哀愁を漂わせて樹高に聞く。
「なあ。例えば家の中で恐竜を飼ってたとするだろ?」
「前に同じ質問されたときは“猛獣”だったが?」
「例え話しなんだ。黙って聞け!」
「聞かなくてもわかる。玲奈ちゃんのことだろ。何で猛獣からグレードアップしてんだよ」
蒼汰の脳裏に蘇ったのは昨晩の出来事。そろそろ寝ようとベッドに横たわったときだった。
「雄叫びが、雄叫びが聞こえたんだよっ! 猛獣なんて生易しいものじゃない。映画でギガノトサウルスやティラノサウルスが獲物を見つけたときのような声だった……」
「あぁー。また肝試しにきた連中が狩られたんだな。もう驚きもしねーよ」
ここで最初の質問に戻る。“恐竜を飼っている家に不法侵入して襲われたら、悪いのはどっち?”
「俺、玲奈の将来が不安でたまらねーよ」
「安心しろ。見た目は普通の女子中学生だ。不法侵入者と鉢合わせしたから自衛行為って言い訳ができる。今までだってそれで通してきたんだし」
樹高が蒼汰の家に宿泊したときも狩りが行われたことがあった。その瞬間を目撃できなかったが、救急車のサイレンと床で悶え苦しむ男たちの姿は鮮明に覚えている。
「前科がつくかを心配してるんじゃ……いや、それはそれで心配だが、人としてこのままで良いのかな?って……」
「いま、学校に行ってないんだっけ?」
「まあ。『ここにはもう私の敵はいない』って」
「なに? 玲奈ちゃん、武道大会にでも出場するつもりなの?」
「…………否定できないのが兄として情けない」
勉強は蒼汰が教えているから最低限はあるはずだ。今から復帰してもついていけると思う。問題は日常生活。アスカルテにはスキー場もあった。今はかなり荒れているが、そこを修行と称して走り回る玲奈が人の輪に溶け込めるだろうか?
「ま、このまま大人になるのはよろしくないよな」
現代日本で完全な自給自足は難しい。税金を納めるのは義務だし病気になれば病院にもいく。日常品は山中で採取できないので購入する必要がある。
友達を作って欲しいーーーー。
彼氏を作って欲しいーーーー。
そんなことは思わないけれど、人間社会から弾き出されないようにはなって欲しい。
「ようは人とのコミュニケーションが取れるようになればいいんだろ? ならコレはどうだ?」
樹高が提案したのは文化祭の一般開放。歳が近い人が多く賑やかで、人に慣れるのには丁度良いかもしれない。
「文化祭は良いが、コレ“英殿女子校”じゃん」
正式名称は確か英敬六殿女子高等学校。県境を越えたところにある、お金持ちしか通えないお嬢様学校と聞いたことがあった。
「女子校なら玲奈ちゃんも緊張しなくて済むかもしれないだろ?」
「まぁ、確かに」
「それに女子校って響き、ワクワクすっぞ!」
「お前、彼女に刺されるぞ」
「そん時は一緒に死んでくれ!」
「樹高と心中とか絶対いやだからな!」
文化の日に文化祭の一般公開があるようだ。幸いなことにバイトの給料が振り込まれた直後。玲奈のために少し奮発しようと決めた。