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『突然だが“ホテル·アスカルテ”を知っているだろうか?』
ネットの掲示板に書かれた一言。怪談話を集めたインチキまとめサイトらしい。
「おい、見てみろ! また有名になっているぞ~!」
笑いを堪えた様子で今川樹高はスマホを見せてきた。
「心霊スポットじゃないって、とっくの昔に証明されたはずだろ! 何でまたあがってるんだよ!」
このサイトを含めてだが、この場所はオカルト関係の話題に定期的に登ってくる。もう勘弁してほしいと柳瀬蒼汰は頭を抱えた。
「えーっと、『三階のトイレで男性のうめき声が聞こえた』らしいぞ?」
「親父だな……腹でも下してたんだろ?」
「他にもあるな。『二階のパーティルームにロリータ姿の女性がいた』だと」
「母じゃねーかぁ! いい歳してなんてファッションしてんだ!」
「『五階には熊のぬいぐるみを抱いた少女が彷徨っている』これは玲奈ちゃんのことだな」
「投稿できたってことは玲奈から無事に逃げ切れたんだな。ホッとした!」
「蒼汰のことも書いてあるな。『七階に行ったら若い男のすすり泣く声がした』だ、そうだ」
「“魔法少女ゼリーフィッシュ”は何度視ても泣ける! 海月ちゃぁぁあん!」
蒼汰はアニメの名シーンを思い出して震える。樹高は蒼汰の机に頬杖をつくとケタケタと笑う。
「不法侵入され放題じゃねーか! 電気くらいつけろー」
「節電だ。それに夜は寝てるからなー」
眠るときは電気を消している。深夜に肝試しにきた連中にしてみれば廃墟の暗闇と同じなのだろ。
因みに玄関の鍵は扉ごと破壊されたまま。壊されたら直して、警察に被害届けを出しても肝試しに人がくるたび壊されて直すのをやめた。
「ならもう引っ越しちまえよ」
「そう簡単に引っ越しなんてできるかよ」
元々このホテルは大手銀行で働いていた亡くなった祖父と祖母が一念発起して開業したらしい。結果的には失敗に終わって残ったのは広大な土地と七階建てのホテル、それと借金。
引っ越しするだけのお金はないし、父に“両親の唯一の遺産を売って引っ越ししよう”なんて無情なことも言えない。
「じゃあいっそ、発想の逆転で“心霊ツアー”で家ん中を案内してやれよ? おっ。丁度掲示板でも肝試しのメンバー募ってんな!」
「ふざけろ! 誰が好き好んで自宅を公開すんだよ。大体、金を払ってまで貧乏人の家を見たいか?」
これが芸能人の家ならお金を払って見たい人はいるだろうが、柳瀬一家はごくごく平凡な家庭。廃ホテルに住んでいる点だけは珍しいかもしれないが、ただそれだけだ。
「スマホ貸せ! 肝試しとか言ってるアホ共に説教してやる!」
樹高のスマホを借りると掲示板に書き込む。
『廃墟でも勝手に入ると不法侵入で捕まるぞ! それにアスカルテは廃墟ではなく、人が住んでいる。心霊スポットじゃないから絶対やめるんだ!』
直ぐにレスがくる。平日の昼間に暇なヤツだ。
『御高説乙! 家族の幽霊が出るって噂だろ?』
『この一家の幽霊だろw』
新聞の記事がアップされた。昭和の日付で家族の惨殺事件を報道したものだ。被害者の名前を柳瀬一家に書き換えた偽造ではあるが…………。
「ふざっけんなぁぁあーー! 現在進行形で生きているわ!」
冗談にしても質が悪い。スマホを床に叩きつけそうになるのを堪えて、レスを送ろうとすると樹高に止められた。蒼汰の手からスマホを回収する。
「やめとけ! やめとけ! 必死になって否定すると逆効果だぞ。コイツらは事実より面白い方を選ぶからな」
「くっそ〜~~~。最初に人の家を心霊スポットって言い出したヤツは誰だ! 見つけ出して同じ目に合わせてやる」
「それ、普通の家でやっても波風立たずに終わるからなー」
「冷静なツッコミをありがとう!!」
行き場を無くした苛立ちがモヤモヤと漂う。チャイムがなり教師が「授業始めるぞー」っと入ってきた。気持ちを切り替えて教科書を開く。