従魔騎士団
今、私はー…
どこかわからない一室で、不自然にニコニコした人達に囲まれ圧力をかけられています…どーぞ…!
「っ………!」
怖くて喋れたもんじゃない。
おじさんはあの後しばらく走り、急ブレーキをかけたと思ったら勢いよく扉を蹴飛ばし私を椅子に座らせた。直後目の前の机にダァン!と水が入ったコップを置かれ、ついでにクッキー盛り合わせ。…え、まさかのおもてなし受けてる…?!
どうしたもんかと視線を彷徨わせていれば、開いていた窓からモモがひょっこり顔を出した。
(この野郎!楓を返せ!)
「うわぁ…ヘルハウンド、すごい怒ってますけど…団長何したんですか…?」
「ん?何もしてないぞ。ただ連れて来ただけだ」
「…もしかして、説明すっ飛ばしたんスか…?!」
「ここがどこかわかってるか?」
ブンブン首を横に振る。ちょ、今気付いたけど腰に剣差してる人いるじゃん…!お願いモモ、刺激しないで…!
「…やりやがった!またやりやがったぞこいつ!だから迎えは団長以外がいいって言っただろこの脳筋が!」
「説明なしって立派な犯罪っスからね、わかってます?!ただの拉致っスよ?!」
「うわぁ、君ごめんね…!ヘルハウンドもごめんよ!悪気はなかったんだ!ちゃんと説明するから!」
何やら突然慌て出した彼等に唖然とする。え、コント見せられてるのかな…?わちゃわちゃしてるけど大丈夫?
「あの、説明は欲しいんですけど…モモの側に行っても良いですか?落ち着かなくて…」
「!勿論!そうだよね、何も聞いてないならヘルハウンドも不安だろうし、行ってあげて」
「ありがとうございます」
見た目は好青年っぽいが、腰には剣。こちらには武器も何もないので警戒しつつ扉から外に出れば、駆け寄ってきたモモの胸元に体が埋もれた。し、幸せ…!だけど窒息する!危ない!
「ぷはっ!…モモ、追いかけて来てくれてありがとうね」
(楓は俺がいなきゃダメだろうが。面倒見るのは当然だ)
「…あれ?私が面倒見られてるの…?」
(?何を当たり前な事を)
頭を抱えそうになった。そうか…モモの中ではずっとそういう認識だったのね………複雑だ。
モヤモヤしながらモモの頬を撫でていれば、先程の人達も表に出て来たようだ。改めて見れば私は石造りの建物にいたらしい。ここは…どこだろうか。
塀に囲まれてはいるがかなりの広さで、芝はふかふかと気持ちが良い。何個か建物があるのと、大きな馬小屋のようなものも数個。…王都の中なのか、そうじゃないのかもわからない。
「いやぁ、悪かったな。団長にはよく言ってきかせたから」
「ひっ…、…?!」
さっきまで団長、と呼ばれていたおじさんの頬には、くっきりと拳の痕がついていた。なのにニコニコしているから余計怖い…!ていうか拳の痕って本当につくの?!漫画だけじゃなかったんだ…!
「そのままでいいから、僕達の話を聞いてくれるかな…?」
「…あ、はい…聞くだけなら…?」
「そう!良かった!」
聞くだけなら、ね。何か情報が得られるかもしれないし、危なそうだったら本気でモモと逃げる。敵わないかもしれないが…せめてモモだけは逃げれるように時間を稼ぐ覚悟だ。
「警戒すんな…っつっても無理な話か。…まず、俺達は従魔騎士団だ。聞いた事くらいあるだろ?」
「従魔騎士…はい、さっきエルイットさんから」
「そのエルイットと一緒にいるのを、砦の兵から聞いてな。ヘルハウンドを連れてると言うし、まぁ…ぶっちゃけ勧誘だ」
勧誘。
あぁ、そういやエルイットさんが言ってたっけ。まさか本当にそうなるとは思わなかったけど。しかもかなり荒々しかった。
来る途中で砦のようなものは何個か見たから、そこで発見されたのだろう。モモは目立つし…エルイットさんも有名だったようだし。仕方がないか。
「国内でヘルハウンドを従魔にしてる人の報告はなかったっスけど、あのエルイットさんが一緒にいるなら国民だろうし危なくないだろうって事で、勧誘しようってなったんスよ」
「あいつの人を見る目は確かだからな!」
「あ、団長はちょっと黙っててください。余計な事しそうなんで」
なんだろう、この…団長への扱い。本人は気にしてないからこれでいい…のか?
「他所から王都へ来る奴は大体職探しだからな。お前もそうだろ?」
「えー…っと………まぁ、はい…」
職は探さなきゃいけないと思ってたが、もう少しこの世界の常識を身につけてからと考えてた。急展開すぎてどうしたらいいかわからない。
だがこれだけは言える。
「確かに仕事は探してましたけど、普通のが良くて…」
「え、無理っスよ」
「え?」
「どこから来たのか知らないっスけど、そんな大きな従魔は普通の家には住めないっス。ましてやヘルハウンドは主人と一緒にいないと落ち着かないっスから、突撃される事を考えたら普通の仕事は出来ないっスよ。てか雇って貰えないっス」
な、なんて事だ…!
「え、じゃあ私はどうしたら?!」
「従魔騎士団しかないな」
「…それ以外で、」
「ない」
即答されたが諦めきれない。だってこんなつもりじゃなかったのだ。
変な世界に来てしまったけれど、普通っぽい仕事に就いて、毎日モモと笑顔で暮らす。そうすれば帰れても帰れなくてもモモがいるんだから幸せなはずだった。
なのに騎士団しか選択肢がないなんて…!
「む、無理です!無理無理!そもそも私達戦えないし!戦った事もないし!」
「え、ヘルハウンド連れてるのに?!」
「モモも魔法使えないし、私も…魔力はあるけどそれだけでっ!だから、」
「だははっ!」
今まで黙っていた団長が、突如笑い出してビックリする。今更だけどこの人声大きいな!
「そんなもん、入団してからでいい!筋肉は裏切らないからな!」
「え、筋肉?」
「あー…この人の言う事は無視していいっスよ」
「だがまぁ、入団してからと言うのは合ってる。それにお前、ヘルハウンドと泊まれる宿なんてないぞ」
なんだと。
「え、嘘…どうしよう…!エルイットさんそんな事一言も言ってなかったのに!」
「何もそんなに悩む必要はないんですよ」
高給、三食宿舎付き、従魔の食費は騎士団持ち。
囁くように言われ肩に力が入る。
「退団も自由っスよ」
「入ります」
(おいいいのかよ)
即決してしまい野太い歓声があがったが、現状を考えてこれ以上の待遇は他にないだろう。
心配していた問題が全て片付いてしまう。唯一の懸念は戦闘だが、この世界でずっと生きていくなら戦う方法は身につけなきゃいけないし、ここにいたらきっと誰かが教えてくれる。私はモモを守らなきゃいけないんだから。
何よりモモに温かい寝床を与えられて、お腹いっぱい食べさせてあげられる。モモにだけは辛い思いをさせたくない。私が頑張ればモモがいつも通りいられるなら、頑張るしかないのだ。
「大丈夫!モモは私が養うからね!なんとかなる…気がする!」
(気がするだけかよ)
「やる気になればなんだって出来るよ、きっと」
まだまだ問題は出てくるだろうが、それはその時に考えよう。
こうして私は従魔騎士団に入団する事になった。
「サシャといいます!こっちは大事な大事なモモです!よろしくお願いします!」