お勉強
ー…ヘルハウンド。
魔獣の中でも知能が高く、鋭い爪や牙は元より魔法による攻撃もでき戦闘力はトップクラス。ただしプライドも高く、自身が主人と認めた者以外の言う事は絶対に聞かないし、そもそも強い為従魔契約するのも一苦労である。国内でもヘルハウンドを連れている者は一握り。
以上が、エルイットさんから聞いたモモのー…ヘルハウンドの、事である。誰だそれと叫びたかったのは言うまでもない。
いやいや待ってよ。モモはただの柴犬なんですけど。まぁ魔法以外は概ね合ってるよ?ていうか犬の特徴だよね?個体差はあると思うけど。
それに柴犬がヘルハウンドと呼ばれるなら他の犬種はどうなるんだ…と思ったのだが、ヘルハウンドと言っても様々な見た目がいるらしい。え…チワワもいるのかな…?!
「ヘルハウンドの見分け方は簡単で、ほら。額に魔力紋があるだろう?」
「魔力紋…?!そんなものがモモの額に?!いつついたの?!」
「あぁ、いや、目に魔力を灯せば見えるものなんだけれど…そうか…サシャさんは魔力の使い方も知らないんだねぇ…」
また墓穴を掘ってしまったらしい。いやもう今更か。
魔力紋とは魔獣全てにあり、種族を証明するマークのようなものらしい。ヘルハウンドの魔力紋はとっくの昔に発見されていた為エルイットさんはモモをそうだと思ったようだ。
私は間違いだと思うんだけどな。だってそもそも大きくはなったけどモモが戦えるわけがないし、魔法だって使えない。ただの巨大化した柴犬である。それがヘルハウンドとは…どっかで聞いた気がするが、随分大層な名前をつけられたものである。
そして更にエルイットさんのおかげで判明したのが、私とモモが従魔契約されているという事。
これも目に魔力を灯せば見えるらしく、私の右手とモモの左前足が見えない糸で繋がっている…らしい。え、見たいんですけど物凄く!愛という名の繋がりを感じる!
従魔契約は本来魔獣が許可しないと出来ない事であり、更に魔力を使うので私にも出来ない事だ。本当にいつの間に…いやまぁ助かるんだけど…。
契約していれば従魔になった魔獣を誰かに取られる事もないようだから、モモと引き離されたくない私にとっては心から安心出来る事である。
更に朗報。
「魔獣は食べたものが魔力に変換されるから、排泄物の心配がなくてねぇ。小さな魔獣であればペットとしても人気だよ」
「っ、………!!!」
声にならない喜びがガッツポーズとして出た。エルイットさんは不思議な顔をしているが、込めた力は中々抜けない。
ぶっちゃけすごく心配していた!だって、今のモモの巨体といったら、もう…!
何がとはお耳汚しなので言わないが、私くらいの大きさのアレを拾えと言われたら…うん。何度考えても出来る気がしなかったのだ。実際今の今までいつ催すかと心配していたりした。大きい方もだけど小さい方も、軽く滝にはなるだろうと思っていたから。
それが、ない、だと?
これ以上の喜びがあるか。いや、ないだろう。嬉しすぎて小躍りしたい気分である。さすがに控えるけど、いい大人だから。
「だ、大丈夫かい?何かすごく嬉しそうだけど…?」
「大丈夫です、すみません急に。エルイットさんがたくさん教えてくれるので嬉しくて!」
「そ、そうかい…?まぁそんなわけで、サシャさんと従魔が王都へ入る事は可能だからね。子どもでも見ればわかる事だから」
「わかりました、ありがとうございます。…ちなみにですけど、魔獣の言葉がわかる人っていたりするんですか?」
「魔獣の?いやいや、そんな人は聞いた事がないよ。みんな頑張って気持ちをわかろうとはしているけどねぇ」
そうか…やはり私がモモの言葉が聞こえるのは普通じゃないようだ。嬉しいけど気をつけないと、余計な疑いを生みそう。
しかし、とエルイットさんは困った顔をする。
「従魔契約はされているから、サシャさんに魔力はあるはずなんだけれど…本当に一度も使った事がないのかい?」
「はい。魔力も魔法も初めて聞きました」
「うーん…困ったねぇ。なら、私も初めてだけど試してみようか?」
「試す?」
「うん。こうしてね、私と手を合わせてね。私が魔力を少しずつ流すから、サシャさんは魔力かな?と思ったら自分の体にそれが循環するようイメージしてみてほしいんだ」
本来は魔力の使い方がわからない子どもに大人が行う方法だそうで、エルイットさんもやった事はないらしい。何故ならそんな子どもは滅多にいないから。この世界では教えなくとも自然と皆使えるそうだ。
「私も人伝に聞いた方法だし、出来るかわからないけどね。試して出来たら儲けもんじゃないかい?」
「それは確かに。…魔力を流されて、内側からこう…爆発するとか、ないです…よね?」
「ははは!ないない!私の魔力量は少ないし、そんな話は聞いた事がないから安心しておくれ!まぁこんなおじさんと手を合わすのが不快かもしれないがね…」
それはないです!と慌てて手を出せば、エルイットさんは嬉しそうに笑った。なんていい人なんだ。最初に出会った現地人がこの人で本当に良かった。
彼が追いかけられていた兎のように魔獣は本来人を襲うものだし、野盗なんてのもいるみたいだったから本当の本当に幸運だったようだ。
こうして私はエルイットさんと手を合わせた。
(何おっさんと遊んでんだ?)
…モモの無垢な視線が辛い。