もう何がなにやら
薄暗い森の中。
私が頭を抱え蹲ってから、もうどれくらいの時間こうしているのか…あぁ、いい加減考えなきゃいけない。
現実を見なきゃいけない。
チラリ、と真横を見れば見慣れたはずの四本足。いつもならばその可愛い可愛いふわふわの足にスリスリして、嫌がられようと唸られようと有無を言わさず抱き上げる…のだが…
勇気を出して少し顔をあげてみる。
(…お。ようやく動く気に、)
「ぅぁぁぁああっ…!夢じゃっ…なかった…!」
(うるせぇ)
ぷにっ、と前足で腕を蹴られるも、全く痛くない。ただ可愛いだけだ。…声が………声が、聞こえていなければ…!
私はもう一度頭を抱え、こうなった状況を一から考える事にした。何か見落としがあったかもしれない。
えーっと…そう、さっきまで家族であり愛犬の柴犬、モモと夕方の散歩をしていて。いつものコースを歩き、小雨が降ってきたから急いで帰ろうねと小走りした瞬間、
ー…あぁそうだ。地面が、落ちたんだ。
それも推測でしかないけど。
だっていきなり目線が沈んで、真っ暗になって…遊園地で何度も体感した、あの嫌な浮遊感がきたから。多分落ちた。それで、私はあまりの恐怖に気絶…したんだと思う。記憶がそこで終わってるから。
…で、モモのキュンキュン鳴く声に慌ててご飯の時間かと起き上がって…また気絶しそうになったんだった、そうだった。
「………も、モモ…?」
(なんだよ)
「っ…!嘘でしょ…!なんで…なんで…!」
そんなに大きくなっちゃったの!
私の叫びは森に木霊し、同時にまたうるせぇと前足で蹴られた。よろめいたけど痛くはない。むしろ肉球に愛を感じる。
さっきまで住宅街にいたのに何故森にいるのか…それもかなり問題なのだが、そんな事より私のモモが大きくなってしまった事の方が大問題なのである。
軽自動車くらいはあるだろうその体躯。
っ…誰だよ!いやモモなんだけど!首輪ついてるしモモなんだけど!大きくなり過ぎだしこんな柴犬見た事ないよ…!あと喋るし!
「…えっ?!なんでモモ喋れるの?!」
(今更かよ。………お前が俺の言葉理解してんじゃないのか?)
「…そうなの?」
知るか、なんてぶっきらぼうなモモだが、その表情はいつも家で見せていた愛くるしいもので私は複雑な気持ちになった。顔は可愛いのに声低いし…なんでこんな喋り方なんだろう、モモ…。ちょっと冷たい。
(俺がでかくなった原因も、お前が俺の言葉がわかる原因もこの世界のせいだろ?)
「…この世界?」
(脳味噌だけ置いてきたのかよ。…空見ろ)
「………月が3つ…」
(そのへんの草)
「うわぁ…すごいカラフル…!」
(後ろの木の上にいんのは?)
「羽生えた兎…に見えるけど…」
(はい結論出たな)
うん、日本では…ない…!
モモの変化にばかり気を取られていたが、よく見れば周りはどこのワンダーランドだっていうくらい奇抜な景色だった。絵の具で塗ったような草花に目がチカチカする。
夢だと思いたいが、つねった頬が痛いので現実逃避は諦める。仮に夢だとしたらいずれ覚めるだろうし…もし、夢じゃなかったとしたら…
ううん、今結論を出すには早すぎる。
こうなった原因も知りたいがこれも今は諦めよう。知る方法もわからないし、それ以上にまずは安全の確保が最優先だ。
私には、モモがいる。
大事な大事な家族で、愛しいモモ。
見た目はかなり変わってしまったがモモである事に違いはないし、なんだか私より強そうだが守らなきゃいけない家族に変わりはない。
そうだ。モモを、守らなきゃ。
「……っ人を探そう!」
(やっとかよ)
「待たせてごめんね、モモ。…暗くなる前に森を出た方がいいだろうし、ご飯も困るから…何か探さなきゃ」
(だな。缶詰買ってくれ、腹減った)
「…それは…どうだろうなぁ…」
犬用の缶詰なんてあるのかな。それ以前に一個じゃ絶対足りないし、お金が…小銭はあるけど使えるのだろうか。ドッグフードどれだけ食べるんだろう。
でもブンブン尻尾振ってて可愛すぎてノーと言えない…!くっ、情けない飼い主でごめんよモモ…!頑張って缶詰探すからね!チキンよりビーフ派だもんね!
私のせいでドタバタしてしまったが、森を抜ける為に並んで歩き出す。
人間がいる世界であれば良いな。いないとわかったら、その時にまた考えよう。今不安がってもわからない事は永遠に解決しないのだ。これぞ得意のポジティブ!うん!……強がりともいうかもしれないけど!
佐々木楓、24歳会社員。愛犬と自分の為に頑張って生きたいと思います!
モモがいればなんでもできる!…気がする!