13月のカレンダー
冬になりました。
幼稚園はお休みに入って、先生やお友だちとは、しばらくの間お別れです。ゆうくんは寂しい気持ちが半分、お母さんといっしょにいられて嬉しい気持ちが半分でした。
ある朝、ゆうくんが目を覚ますと、お母さんが何かを探しているようです。
「ない。ない。はぁ〜、困ったわねぇ」
「お母さん、どうしたの?」
「ゆうくん」
お母さんは手を止めて、ゆうくんに向き直りました。
「それがね、大変なのよ。カレンダーがなくなっちゃったの!」
ゆうくんは首をかしげました。壁に掛かっている月めくりのカレンダーはちゃんといつもの場所にあります。それに、カレンダーがないからといって、ゆうくんには大変なことだとは思えなかったのです。
「新しいカレンダーを探してるの?」
「ちがうのよ。カレンダーの13月のページがなくなっちゃったのよ」
「13月のページ?」
ますますわけがわかりません。だって、カレンダーは12月までしかありませんもの。13月だなんて、見たことも聞いたこともありません。
「このままじゃ、13月がなくなっちゃう。ゆうくん、お願い、13月のページを見つけて取り戻して」
「ええっ、ぼくが?」
「さぁ、今すぐに出発してちょうだい。ミーヤが道を知っているから」
にゃあという猫の声にゆうくんが振りかえると、小さな黒猫がおすわりしていました。赤い首輪にさがっている鈴がちりんと小さく音を立てます。
「ミーヤ!」
「ゆうくん、わたしが案内するから、しっかりついてきてね」
「えっ! ミーヤがしゃべった!」
いよいよヘンテコなことになってきました。でも、お母さんもミーヤも、ゆうくんを不思議そうな目で見てきます。
「ミーヤはしゃべるわよ。だって、猫ですもの」
「変なゆうくん。それより、早く行きましょう」
ミーヤはそう言うと、部屋の中にある、移動式の戸棚の下に潜っていってしまいました。そんなところへ入ってどうしようというのでしょう。お母さんはゆうくんにも、そこへ入るように言います。
「さぁ、ミーヤを追いかけて」
「ええっ、そんなの無理だよ。入れっこないよ!」
「ゆうくんなら大丈夫。さあ、まずは腕を入れてみて」
ゆうくんはお母さんに言われるままに、戸棚の下に手を入れました。
ぐいぐい、ぐいぐい。すとーん。
いきなり床がなくなって、ゆうくんは落ちていきます。
お母さんは笑って、いってらっしゃいと手を振っていました。
穴に落ちてしまったゆうくんは大慌て。慌てて手足をジタバタさせて叫びます。でも、なぜか地面はポヨポヨと柔らかくて、ゆうくんはコロコロ転がっただけでした。
「あいたたた〜」
「あっ、また新しいやつが来たぞ」
「かこめ、かこめ」
ゆうくんの目の前には、怒っているたくさんのネズミたちと、毛を逆立ててシャーッと威嚇の声を上げているミーヤがいます。猫はネズミを食べてしまうと言いますが、このままでは食べられてしまうのはミーヤの方かもしれません。
「ミーヤ! 何が起こっているの?」
「ゆうくん、逃げよう。かじられないうちに!」
かじられるですって?
ゆうくんはネズミの口をじっと見ました。ネズミの大きな前歯はとんがってはいませんでしたが、あれでかじられたら痛いだろうなぁと思われました。
ミーヤがもう一度、ゆうくんの名前を呼びます。ゆうくんは走り出しました。幼稚園のマラソン大会では、負けなしのゆうくんは、追いかけてくるネズミたちをどんどん引き離していきます。
途中、ミーヤが背中に引っ付いてきましたので、ゆうくんはミーヤをおんぶするように腕を背中に回して走り続けました。ミーヤも足の速さに自信があったのですが、まだ子猫なのでゆうくんには勝てないのです。
「まてまて~!」
「しつこいなあ」
「ゆうくん、あそこに隠れようよ」
そこには、輪っかのついた箱のようなものが置いてあります。赤く塗ってある木の箱で、うまい具合に扉には引っ張って開けられそうな小さな丸い輪もついていますし、隠れるにはもってこいのようでした。ゆうくんはさっそく扉を開けて、中に入りました。
薄暗い中でじっと息をひそめていると、外からネズミたちの声が聞こえてきました。
「おかしいなぁ、どこへ行ったんだろう」
「あっちを探そう」
ふたりは顔を見合わせて、ホッと胸をなで下ろしました。そのときです、箱が急に動き出しました。前の方についている窓から外を見てみると、見えるのはウシの背中です。
「いっけない、これは牛車だったんだ!」
「ぎっしゃ? なぁに、それ」
「ゆうくん、これはウシが動かす車なの。わたしたち、どこへ行くんだろう」
「そんなぁ」
このまま知らない場所へ連れて行かれてしまったら、どうなってしまうのでしょう。家に帰れなくなってしまったら、もうお母さんにもお父さんにも会えません。
「いやだいやだ!」
「ゆうくん」
「いやだいやだ、いやだ!」
ゆうくんは泣き出してしまいました。すると、ミーヤもなんだか泣き出したい気持ちになって、一緒になって泣いてしまいました。えんえん、あんあん、大合唱です。
「も~! オレの車に勝手に乗って、泣いているのは誰だぁ!」
その声があんまりにも大きかったので、ふたりの涙はぴたりと止まりました。でも、いつまでも隠れているわけにはいきません。だって、ウシはもうふたりに気づいているんですから。
ゆうくんとミーヤは車を下りて、ウシに謝ることにしましたが、どうやら聞いてもらえそうにありません。ウシはゆうくんが理由を説明する前からカンカンに怒っていました。
「も~~! 許さん許さん許さ~~ん!」
「ゆうくん、逃げよう」
「う、うん」
「待て~ぃ!」
またしても走って逃げることになってしまいました。ウシはすぐには追いかけてきませんでしたが、大きな怒鳴り声は聞こえてきます。それに、この騒ぎのせいかネズミたちにも気づかれてしまいました。
「見つけたぞ!」
「待て待て~!」
ネズミに追われてウシに追われて、ゆうくんとミーヤは走り続けます。その途中、トラが寝ているのに出くわして、避けたつもりでしたがしっぽを踏んづけてしまいました。
「いってぇ! 誰だ、おれさまのしっぽを踏んづけたヤツは! 許さんぞ!」
これは大変です、なんとトラまで怒らせてしまいました。歯をむき出しにしてうなるトラが怖くて、ゆうくんは謝って逃げました。
「ごめんなさい!」
「ダメだ、許さん!」
謝ったのに許してもらえないなんて、ゆうくんは泣き出してしまいそうな気持ちをおさえて、走りました。背中ではミーヤがうなりながら、落っこちないように爪を立てています。
ぐんぐん走っていくと、ウサギの国がありました。そこを通り過ぎると、中国にいるようなタツが道端に寝そべっているのが見えてきます。しっぽから頭の先まで、タツの真横を駆けながら、ゆうくんは首をかしげました。
「どうしてだろう、なんだか、この続きを知ってる気がする」
「どういうこと?」
そこを通り過ぎると、今度はヘビが寝そべっているのを見ました。同じように駆け抜けると今度はウマ、ヒツジ、サル、ニワトリを見ました。
「わかった、これ、神さまと十二ひきの動物のお話だ!」
「十二ひきってことは、あと二ひきいるのね」
ミーヤの言う通りでした。残る動物は二ひき、イヌとイノシシです。もう目の前には犬が見えてきています。茶色のからだにクルンと丸いしっぽのシバイヌがワンワン吠えていました。
「帰れ、帰れ! こっちに来るな!」
「そんなこと言わないでよ。ぼくたち、カレンダーの13月のページを探してるんだよ。なくなっちゃったんだ」
「そんなの知らないよ! あんなヤツらを連れて、こっちに来ないでくれ!」
「えっ?」
ゆうくんが後ろを振り向くと、なんとこれまで通り過ぎてきた国の動物たちや、ゆうくんに怒っていた動物たちがみんな一団となって走ってくるではありませんか。
ニワトリ、サル、ヒツジ、ウマ、ヘビ、タツ、ウサギ、トラ、ウシ、そしてネズミです。
イヌは怒って吠えました。
「来るな、来るな〜!」
たくさんの動物たちが雪崩込んできて、あたり一帯はもうメチャクチャです。ゆうくんとミーヤはコッソリ抜け出しました。
「ここまで来れば大丈夫かな」
「ふぅ〜、もう怖いのはいやだよう。人間のマネなんか、するんじゃなかったよう」
ミーヤはゆうくんにはよくわからないことを言って、泣きべそをかくように前足で目をゴシゴシしています。イヌのいるところより奥は、神社みたいな場所で、扉が一箇所ある他はどこにも行かれません。
ゆうくんは扉を叩いて声をかけました。
「こんにちは。イノシシさん、いらっしゃいますか」
「ええ、ええ。いますよ。お入りなさい」
優しい声がして、扉がゆっくり左右に開きました。ゆうくんたちは、おそるおそる中へと入ります。そこには大きないっぴきのイノシシとたくさんのウリ坊たちがいました。
「ようこそ。久しぶりのお客様だわ」
お母さんイノシシのなんとも嬉しそうなこと。その笑顔に、ゆうくんたちはホッとしました。
「こんにちは、ぼくはゆうくん。あのね、ぼく、カレンダーの13月のページを探しているの。それがないとお母さん、困るんだって」
「わたしはミーヤ。人間みたいになりたくて、この『なんでも手に入る夢の国』まで来たの。ゆうくんは家族だから、一緒に連れてきてあげたの」
イノシシはにっこり笑ったまま首を横に振りました。
「13月はないのよ、坊や。もちろん、それがあれば大人はどんなに助かることでしょうね。でも、どんなに探しても、ないものはないの」
「え~! じゃあ、神さまはどこにいますか? 神さまなら1年を13月にしてくれるかもしれないよ」
「それなら、もういっぴき動物が必要になるね。わたし、人間になるのをやめて、神さまの動物になろうかな。ネコ年っていうのも、いいじゃない?」
ゆうくんは目を丸くしました。
「ミーヤ、どこかに行っちゃうの? もう、戻ってこないの?」
「あ、そうなっちゃうのか。じゃあ、やめようかな」
「よかった」
もしもミーヤがいなくなったら、いったいどうしたらいいんでしょう。ミーヤはゆうくんのことを家族だと言ってくれました。ゆうくんにとっても、ミーヤは大切な家族なのです。
「残念だけど、ふたりとも。神さまは今、お留守なのよ。いつ帰っていらっしゃるのか、誰にもわからないの。だから、1年は13月にはならないし、ネコ年も今は無理ね」
「そっか」
「しょうがないね。帰ろうか」
ゆうくんとミーヤが顔を見合わせていると、扉が大きな音を立てて乱暴に開けられました。
「わんわん! よくもオイラの家をめちゃくちゃにしたな!」
「わっ、ご、ごめんなさい」
「ゆるさん!」
イヌが来て、ニワトリが来て、サルが来て。みんなみんな、ゆうくんに向かって一直線です。ゆうくんはミーヤを抱きかかえて叫びました。
「たすけて、誰か! お母さん!」
「お母さ~ん!」
ミーヤも一緒に叫びます。動物たちはまるで波のように、ふたりに襲いかかってきました。ざぶんという音が聞こえた気がします。わんわん、うききー、コケコッコー。ガオー、ちゅうちゅう、ウモー! 色んな声がして、ざぁざぁ押し流されて、ぐるんぐるん回って。ゆうくんは目をぎゅっとつむりました。
気がつくと、ゆうくんはうつぶせになって、床の上に寝ていました。手には黒のクレヨンを握っています。起き上がってみると、何かを下敷きにしていたようです。これは、画用紙がわりにお絵描きしていた、カレンダーのページです。
「あら、起きたの、ゆうくん。おやつにしましょうか」
「え、うん。お母さん、ミーヤはどこ?」
「さっき、その辺で遊んでいたわよ」
「あのね、カレンダーね、見つけられなかったんだ。ごめんなさい」
ゆうくんはおやつを食べながら、お母さんにさっきのできごとを全部話して聞かせました。最初にネズミの国に落っこちたこと、動物たちに追いかけられたこと。お母さんはニコニコ笑って聞いてくれました。
「ミーヤも同じこと、言ってたでしょう?」
「さあ、どうかしら。ミーヤはなんにもお話してくれなかったから」
ゆうくんはミーヤのところへ行って、「どうしたの?」と聞いてみましたが、ミーヤは知らん顔をしていました。オモチャで遊ぶのに夢中のようです。ミーヤは、もう人間のマネは嫌だと言っていたので、もしかして、おしゃべりをするのをやめてしまったのでしょうか。
ゆうくんはミーヤを撫でて言いました。
「ミーヤは家族だから、お話ししてもしてくれなくても、ずっといっしょだよ。ぼくは、ミーヤとぼうけんしたこと、きっと忘れないからね」
「にゃあ」
13月のカレンダーはありませんでしたけれど、ミーヤは人間みたいにはなれませんでしたけれど、もしかしたら全部夢だったのかもしれませんけれど、ゆうくんにはそれでもよかったのでした。だって、ゆうくんはハッキリ覚えているんですもの。ミーヤとの、大冒険を。
おしまい