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詐欺電話の内容より、その後ろで聞こえる女の声が気になる

 とある平日の昼下がり、不意に家の固定電話が鳴った。


「? 知らない番号だねぇ」


 画面に表示された番号に小首を傾げつつ、受話器を取る。


「はい、もしもし」

『もしもし母さん? オレだよオレ』『────』


 受話器の向こうから聞こえてきたのは、聞き覚えのない男の声。

 はて。うちには娘しかいないし、その娘はまだ独身だから、私を「母さん」と呼ぶ男の人はいないはずなのだけど……いや、もしかすると……


「もしかして……黒助(クロスケ)かい?」

『うん、そうだよ』『────っ』

「あらまあ、そうかい」


 そう言いつつ、庭の方に視線を向ける。

 黒助は、うちで飼っている雄犬だ。もしかして鶴の恩返しみたいなあれかと思ったのだけど……うん、どうやら違うらしい。他人のなりすましのようだ。

 庭にいる黒助がスマホなどを持っていないことを確認してから、私は改めて受話器の向こうに意識を向けた。


『実は仕事に向かう途中で事故っちゃってさ……取引先との約束があるから早くケリを付けたいんだけど、そのための示談金がいるんだ』『──ぅぅ』

「あらまあ、それは大変だねぇ。ところで黒助。あんたそんな声だったかい?」

『……いや、実はちょっと風邪ひいてて……喉の調子が悪いんだ』『──ぅぅ、ぁ』

「それはかわいそうに……ところで、登録されていない番号だったんだけど?」

『会社にスマホ忘れちゃってさ……一緒にいた後輩のスマホを借りてるんだ』『う、あぁ……』

「そうかい」


 黒助が庭を元気に走り回っていること。その後輩である茶子(チャコ)がスマホを持っていないことを念のため確認する。

 うん、やっぱりなりすましだねぇ。


『そうなんだよ……それで、急で悪いんだけど、200万用意してくんないか? ぶつけた相手が結構な高級車で、それくらい出さないと納得してくんないんだよ』『くすんっ、ひっく』

「200万円? 随分と大金だねぇ」

『なあ頼むよ! 絶対返すから! このままだと取引が台無しになって、オレ上司にクビされるかもしんないんだ!』『ううぅ……ぐすっ』

「……」


 この時点で、もうこれが詐欺電話だということは分かっているけれど……まあ、せっかくだから乗ってあげましょうかね。


「分かったよ……私はどうすればいいんだい?」

『とりあえず200万用意しておいてくれ。オレの後輩が取りに行くからさ』『ぐすっ、くすんっ』

「そうかい、分かったよ」

『あ、ごめん母さん。うちの実家の住所ってなんだっけ? ちょっと細かいところ忘れちゃって……』『ふぅぅ……ひぐっ』

「あらあら、仕方ないねぇ」


 騙された振りをして、住所を伝える。もちろん本物じゃないけど。


「……で、そこのやよい荘の201号室だよ」

『オッケー、ありがとう』『うあぁ……ひっく、うぅぅ……』

「いいよ。ところで、ぶつけた相手っていうのは女の人かい?」

『え? いや、男だけど……強面の』『あうぅ……ひっ、ひくっ』

「そうなのかい? じゃあ……さっきから後ろですすり泣いている女の人は誰なんだい?」

『え──?』『ふぐ、うぅ……』


 おやまあ、気付いていなかったのかい。こっちは受話器を取った時点でなにか不穏な気配がしていたんだけど……本人は全く自覚がなかったんだねぇ。


『なに言ってんだよ……変なこと言わないでくれよ』『うぅぅ~~……』

「変なことも何も……ずっとすすり泣いてるじゃないか。さっきから気になって仕方なかったよ」

『冗談やめてくれよ。女なんていないって』『ユル、サナイ……』


 おや? なにやら風向きが変わったね?


『とにかく、早く200万用意してくれよ。こっちにも約束があるんだから』『コロ、シテヤル……』


 おやおや物騒だねぇ。受話器越しにも怨念が漂ってきてるよ?


『それじゃあ、そろそろ切るから──』『タツヒロ……』

「たつひろ?」

『!? だ、誰の話だよ。とにかく切るからな! 200万用意しとけよ!?』



 ブッ ツーーーー



 電話が切れた。

 う~ん、なにやらかなり強い怨念を持ったものに憑かれてたみたいだけど……大丈夫かね?

 そういえば後輩がお金を受け取りに来るって話だったけど、本当に別人が来るのか……もし本人が来るなら、少しマズいかもしれない。


 と言うのも、先程私が教えた住所は、以前見かけた際に、外から見て明らかにヤバい雰囲気が充満していた訳アリ物件だからだ。

 多少霊感がある身としては近付くことすら躊躇われるくらい危険な気配がしていたのだが、もし今の電話相手が直接そこに行けば、その何か(・・)の気配に当てられて、彼に憑いているものが活性化する可能性がある。


「……まあ、私が気にすることじゃないね」


 どうせ詐欺をするような人間だ。少しくらい怖い目に遭っても、それは自業自得というものだろう。

 そう思い直し、私は黒助と茶子にあげるエサの準備を始めた。






 その後、とあるアパートの階段にて


「うぎゃあぁぁぁーーーー!!!」


 1人の若い男の絶叫が響いたとか響かなかったとか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 好きです、この手の小話。 [一言] 新作、おいてけ〜
[一言] めっちゃ面白かったです!
[一言] へへ、最近は何かと忙しくてまとまった時間ができたら読もうと思ってたんですけど、我慢できずに読んじゃいました!! いやー、ずっと切望してたホラコメ供養場、最高ですね!! 一つの短編としてみ…
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