生きてる人間の方が怖いってこういうこと?
薄暗い夜道を、20代半ばと思われる少しガラの悪い男が歩いていた。
ワックスで尖らされた金髪に、両耳と唇にはピアス。なにが気に食わないのか睨みつけるような視線を地面に向けながら、片手をポケットに突っこんだまま歩いており、もう片方の手には歩く度にガシャガシャと音を立てるビニール袋を下げていた。
すると、公園の中の遊歩道を歩いていたところで、男は何やら視線を感じ、パッと顔を上げた。
「あん?」
そこにいたのは、サラリーマンと思われるスーツ姿の50代くらいの男性だった。
小柄な体に、薄くなった頭。地味な黒ぶち眼鏡を掛けており、その眼鏡越しに遊歩道に佇む男をじっと見下ろしていた。
そう、見下ろしていたのだ。道路脇の大きな樹の下から。ロープで首を吊った状態で。
男性の体は地面から4mくらいの位置でぶらぶらと頼りなく揺れており、完全に宙ぶらりんになっていることは明らかだ。
しかし、ぶらぶらと揺れながらもその血走った目はしっかりと男を見据えており、何よりその姿から感じるただならぬ気配は、男性が生者でないことをはっきりと示していた。
が、そんなことは男にとっては関係がなかった。
「なぁにガンくれてんだテメェェーー!!」
男は目をひん剥いてそう叫ぶと、荒々しい足取りで男性の下へと近寄った。
「あん? テメコラ、ナニ見てんだっつってんだよ。あぁン!?」
道路脇の斜面を少し上ったところで足を止めると、男性を睨み上げるようにして全力でメンチを切る。
すると、その怒声に応えるように、宙吊りの男性がゆっくりと口を動かした。
「~~~、~~~~」
「あぁ!? なんだって!? もっとはっきり言えやボケがぁ!!」
「~~~~ヤル」
「声小っせーんだよおっさん! 聞かせる気あんのかあぁ!?」
男が苛立ち交じりに叫ぶと、遂に男性がはっきりとした口調で怨嗟に満ちた言葉を放った。
「コロシテヤル」
その声には、生きとし生きるもの全てを無条件で恐れさせるだけの怨念が籠っていた。
男も、この呪いの言葉にはその細い目を大きく見開き──
「そんくらいのことスッと言えやボケがぁぁぁーー!!!」
今日イチの絶叫を放った。ここが公園じゃなく住宅街だったら、間違いなく近所迷惑で通報されているレベルである。
「オイ、とりあえずお前下りて来いや。話はそれからだ。いーからさっさと下りて来いやぁ!!」
男は怒りが収まらない様子で足を踏み鳴らすと、男性を見上げながら地面を指差す。
すると男性は……スーッと、まるで男から遠ざかるように上に上がり始めた
それを見て、男はますます激昂する。
「テメなに逃げてんだコラァ! ケンカ売っといて逃げてんじゃねぇぞぉ!!」
だが、男性は構うことなくどんどん上がり続けると、やがて樹の枝に溶け込むようにして姿を消した。
「逃げんな出て来い! キッチリ落とし前付けろやぁ!!」
男は、それからもしばらく消えた男性に向かって叫び続けていたが、やがて無駄だと悟ったのか大きく舌打ちをすると、憤懣やる方ないといった様子で荒々しく息を吐いた。
「あぁ! くそっ、腹立つ」
そして、男性が消えた樹上をじっと見詰めると、おもむろにその樹に歩み寄り、ビニール袋から1本のビール缶を取り出して樹の根元に置いた。
「……なにがあったか知らねーけどよ。死んでからも生きてる人間に迷惑かけてんじゃねぇ。これに懲りたら、さっさと成仏するんだな」
そう静かに語り掛けると、男はまたビニール袋をガシャガシャと鳴らしながらその場を立ち去った。
それ以降、この公園で首を吊った男性の幽霊を見た者はいないという。