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ストーカー被害がヒドイので、とりあえず呪ってみた

「また来てる……」


 郵便受けに投函されていた宛名のない封筒を見て、私は溜息を吐く。


 私はこの1カ月近く、ストーカー被害に悩まされていた。

 外に出ていれば誰かに()け回され、家にいれば無言電話がひっきりなしに掛かってくる。そして、毎日のように宛名のない封筒が投函される。

 宛名がないということは、これは犯人が直接入れているのだろう。内容はというと、気色の悪いポエムだったり、私の一日の行動をずらずらと書き連ねた上で「通勤中にあくびしてたけど疲れてたのかな?」とか「コンビニ弁当ばっかりじゃ体に悪いよ?」とか、「本気で私を気遣うならこんなことするな」とツッコミたくなるような不気味な内容だったりする。

 流石に気持ち悪くなって10日ほど前に警察に相談したのだが、警察は「見回りを強化します」と言うだけで、それ以上の具体的な対策はしてくれなかった。


「はあ、見たくないなぁ……」


 家に入って、溜息を吐きながら封筒の封を破る。

 こんなもの本当なら読まずに捨てたいが、これも重要な証拠だ。それに、中に脅迫めいた内容が書かれていれば警察も動いてくれるかもしれない。

 私は、封筒の中にカミソリの刃とか何か固いものが入っていないことを確かめてから、中の紙を取り出し──


「ヒッ!!」


 思わず、手に取ったそれを放り出してしまった。

 そこには気色の悪いポエミーなラブレター。そして、その縁にびっしりとテープで貼り付けられた縮れた体毛。


「うっ……!」


 これ、も、もしかしなくても……。


 あまりの気持ち悪さに、吐き気が込み上げる。

 洗面所に駆け込み、込み上げてきたものを押し流すように水をがぶ飲みする。


「~~、ぷはっ!」


 そうしてなんとか気分を落ち着かせると……今度は、猛烈な怒りが腹の底から湧き上がってきた。


 どこの誰だか知らないが、なんで私がこんな目に遭わなければいけないのか。

 もういい。警察が当てにならないなら、私が自分でなんとかする。なんとしてでも、犯人に一矢報いてやる。


「でも、どうすれば……」


 しかし、具体的な方法となるとちょっと思い付かない。

 なにせ、犯人が誰なのかを私は知らないのだ。顔も分からない相手に、どう一矢を報いればいいのか……


「あ、そうだ」


 あるじゃないか。顔が分からない相手に報復する方法が。


「よし、呪ってみよう」



* * * * * * *



 という訳で、私は翌日の土曜日から早速準備に取り掛かった。

 呪いというので私が真っ先に思い付いたのは、丑の刻参りだ。

 相手の体の一部を埋め込んだ藁人形を作り、丑三つ時に神社の御神木(?)に五寸釘で打ち付けに行くというあれだ。


「でも……藁なんてどこで買えばいいんだろう?」


 相手の体の一部ならある。昨日の手紙に貼り付けられていたあの体毛だ。

 だが、藁や五寸釘なんてないし、呪いに協力してくれそうな神社も知らない。


「う~ん……まあいっか」


 元よりちょっとした憂さ晴らしだ。別に私だって、呪いなんかでストーカーをどうこうできると本気で思っているわけじゃない。ただ、このやり場のない怒りをなんらかの形で発散したいだけなのだ。

 それに、「人を呪わば穴二つ」とも言う。あんまり本格的(ガチ)な呪いをかけて、自分になんらかの跳ね返りがあっても困る。だからまあ、今回のところは自己流でそれっぽくやればいいだろう。


「とりあえず……そこら辺の乾いた草を束ねて人形の形にすればいいか」


 という訳で、私は自転車で近所にある草ボーボーの空き家に向かった。


「すみません、失礼しま~す」


 一応門のところであいさつをし、ちょっと庭に入らせてもらう。

 いや、入れなかったけど。草が腰の辺りまで伸びているせいで。


「うわぁ、思ったより荒れ放題だな……」


 呟きつつ、適当に頑丈そうな茎や草をハサミで切り取ってはビニール袋に入れていく。

 まあ、荒れ放題なのも当然なんだけどね。だってこの家、5年前に一家惨殺事件があってからずっと放置されてるし。


「よし、こんなものでいっか。お邪魔しました~」


 ビニール袋がいっぱいになったところで、家の方に声を掛けてから外に出る。


「さて、次は釘か……」


 ビニール袋を自転車の前かごに入れ、次の目的地に向かう。

 釘と言われて真っ先に思い浮かんだのが、隣町の廃工場だ。あそこに行けば、釘の1本や2本落ちているだろう。


「お邪魔しま~す」


 そういう訳で、自転車をかっ飛ばして隣町の廃工場に来た私は、そっと敷地内に侵入すると、釘を探してコソコソ歩き始めた。

 私がこんな風に慎重に歩き回っているのには理由がある。というのも、この廃工場今では不良のたまり場になってるらしいんだよね。

 2年くらい前には、いじめが行き過ぎて、高校生1人が不良達にリンチされて亡くなったらしいし。亡くなったと言えば、この工場の経営者も経営が立ち行かなくなった結果、家族揃って無理心中したらしいけど……まあ、それはそれとして。

 とにかく、そんな危険な連中に見付かったらマズいので、こうしてコソコソしている訳だ。


「あ、あった」


 幸い不良と遭遇することもなく、私は工場の床に落っこちていた赤茶けた釘を発見した。

 五寸かどうかは分からないが、まあ釘なら何でもいいだろう。どうせ自己流だし。


「お邪魔しました~」


 拾った釘をティッシュで包んでポケットに入れると、私はさっさとその場を後にした。

 手に入れたブツを持って、部屋に戻る。そして、床に新聞紙を敷くと、早速藁人形ならぬ草人形作りに取り掛かろうと……


「あ、ひもがない」


 ……したのだが、草をくくって人形の形にするための紐がないことに気付いた。

 草で縛ってもいいが……それだと強度がイマイチ心配だし、どうするか……


「あっ、あれがあった」


 ふと思い出し、私は机の引き出しの奥から赤い紐を引っ張り出した。

 これは、私が学生時代に縁結びの神社で買ったものだ。

 たしか、これに好きな人の名前を書いた小さな絵馬をくくりつけ、1カ月紐が切れなければその恋は叶う。逆に紐が切れてしまえば叶わない、みたいな願掛けグッズだった気がする。修学旅行先で女子グループ全員で買った、いろんな意味で思い出になっている品だ。


 と言うのも、当時好きな男子がいなかった私は、一番仲が良かった友人の名前を書いたのだが、その日の内にどこかに引っ掛けて紐が切れてしまったのだ。

 それで、「うわぁ縁起が悪いなぁ」と思いつつも友人にはバレないよう隠していたのだが……その日の夜、その友人がこっそり、自分と同じようにクラスで人気の男子の名前を書いていた他の達の紐に、ハサミで切れ目を入れているのを目撃してしまい、友情に亀裂が入った。そして、それがきっかけでなんとなく疎遠になってしまった。それがこの赤い紐の効果だったのかどうかは分からないが。


「ま、今回はストーカーとの縁を切りたいわけだし、ちょうどいいかな」


 私は赤い紐を解き、何本かの細い紐にすると、それで束ねた草を縛った。


「お、なんかいい感じじゃない?」


 草の長さを切りそろえて形を整えてやると、なんとなくそれっぽくなった。


「じゃあ、ここに例のあれを……」


 昨日の手紙から、ものに触れないよう慎重にテープの端を持ってブツを剥がすと、丸めて草人形の胴体に突っ込んだ。


「さて、あとは……」


 あ、お札か。なんとなくだけど、藁人形と一緒にお札みたいなのを打ち付けていた覚えがある。いや、呪いたい相手の写真だっけ? まあ……手紙を使えばいいか。

 証拠品として保管していた手紙を残らず引っ張り出すと、念のためコピーを取ってから、その全てに本文を塗りつぶすように赤ペンで大きく「呪」と書く。

 そして、それらを畳んでまとめると、草人形の上に重ねて文字通り釘付けにした。が……


「あ、そうか。これじゃ固定できないよね」


 当然だった。木に打ち付けずに人形にだけ釘を刺しても、こんなスッカスカの草人形ではすぐに釘が抜けてしまう。


「う~ん……まあ、ホッチキスで止めればいっか」


 という訳で、手紙と草人形をまとめてバツンバツンとホッチキス止めする。

 だが、スカスカの草人形ではやはり上手く針が引っ掛からず、何度も何度も針を打つことになった。結果……


「うわぁ……なんか、猟奇的」


 ……なんか、えらくスプラッタな外見になってしまった。

 いびつな形をした草人形。そこに釘付けにされた赤い文字が大書された何枚もの紙。そしてその表面を埋め尽くす無数のホッチキスの針。更にはその中央に、埋もれるようにして突き刺さる赤茶けた釘。

 ……なんだろう、すごく闇を感じる。いや、作ったの私だけどさ。


「さてと、あとは……」


 これをどうするか、だ。

 本来なら夜中にどこかへ打ち付けに行くべきなんだろうけど、そんなことが出来る場所に心当たりはないし、かと言って家に置いておくのも違うと思う。

 いやまあ、実はもうどうするかは決めてあるんだけど。


 出来上がった呪いの人形(仮)をビニール袋に入れると、再び自転車にまたがる。

 向かう先は自殺スポットとして有名な橋。山の中、渓谷を跨ぐように架けられている橋の真ん中まで自転車で進むと、自転車を降りて欄干らんかんへと近付く。

 そして……こいつを橋の欄干から……崖下に向かってそぉい!!


「逝ってこぉーーーーい!!」


 遠く眼下に見える川に向かって、作った人形を全力で投げ落とす。

 ついでにそのままの勢いでしゃがんで、「うおおぉぉーー!!」と叫んでみる。気分はさながら投擲した後に雄叫びを上げるハンマー投げの選手。


「……よし! スッキリした!」


 ひとしきり叫んだ私は、妙にスッキリした気分で立ち上がった。

 まあこんなテキトーな呪いが効くとは思えないが、やってやった感はある。うん、いいストレス解消になった。


「さてと、帰ろ」


 憂さ晴らしを終えた私は、晴れ晴れとした気分で自転車を飛ばし、家路に就いた。




 その日以降、ストーカー被害はなくなった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 曰く付きスポットハシゴしてパーツ集めってこの子メンタル強すぎでしょ!?傍から見たらガチヤベー娘だからストーカーもドン引きして逃げたかホントに効果があったのかどちらにしても関わりたくない(笑)…
[良い点] さすが燦々先生ですわ。 [一言] もう好きです。
[一言] 常に監視してるような変態ストーカーでもあんな奇行するようになった人間には近づきたくないよね(^_^;)
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