勘違い系主人公が気付いたら最強になってる系のアレ
全国の寺社仏閣を巡る修行の旅の最中、身投げする自殺者が絶えないという崖の噂を聞いた私は、これも何かの機会と、聞いたその場所に向かった。
「ふむ……ここですか」
身投げする人が多いというので、それこそいかにもな切り立った崖なのかと思いきや、そこは思った以上に綺麗な場所だった。
たしかに崖自体は切り立っているが、きちんと転落防止の柵が設置されているし、その手前にはいくつかベンチも置かれていて、眼下の海を眺めることが出来るようになっている。
午前中の今は人もいないようだが、夕方になれば、夕日が海に沈む美しい光景を楽しむことも出来るだろう。見た感じ、死を求めて人が集まるような場所には見えない。
「何か、よからぬものが憑いているのでしょうか……」
過去にも、人々を死へと誘う悪霊や魑魅魍魎の類を見たことがある。ここにも、そういったものが棲みついているのかもしれない。もしそうなら、これ以上被害者が出る前に対処しなければならないだろう。
ただ、問題は……
「私、霊感がないのですよね……」
そう、私は霊や魑魅魍魎の類を“見る”ことは出来るが、“感じる”ことは出来ないのだ。
一般人ですら「ここ、なんかヤバい!」と感じるような場所でも、私は一切何も感じない。大きな傷があったりして見た目明らかに生きた人間じゃないって場合でなければ、目の前の相手が霊か人間かも区別が付かない。その鈍感っぷりには、同業者も首を傾げるを通り越して呆れ果てる始末だ。
「そうですね……とりあえず、少し待ってみますか」
そう呟くと、私はベンチに腰を下ろした。
この地に何かよからぬものが憑いているならそのうち動きがあるかもしれないし、もし自殺志願者が訪れたなら、話を聞いて思い止まらせることが出来るかもしれない。
しかし、小1時間ほど待っても特に何も起こることはなく、手持ち無沙汰になった私はベンチから立ち上がると、柵の方へと向かった。
「う~ん、これはうっかり落ちるようなものではないですね……」
しっかりとした金属製の、高さ1mはありそうな柵を掴み、私は何気なく崖下を覗き込む。
と、眼下の海に何か動くものを見付け、私は目を細めた。
「あれは……?」
注意深く目を凝らし、私はようやくその正体に気付いてハッとなった。
海面から突き出し、うねうねと動く複数の白い物体。それは……20本近い、人間の腕だった。
「まさか、溺れている……!?」
いつから? いつの間に? もしや、近くで船の転覆事故でも起きて、乗員が海流に流されてここまで来たとか──いや、そんなことを考察している場合ではない。
「今、助けに行きます」
私はすぐさま柵を乗り越えると、袈裟を脱ぐのもそこそこに崖から飛び降りた。
腕が突き出している場所から少し離れた場所に着水し、溺れている人達の下に向かおうとして──私は気付いた。
(しまった! 私、水の中で目が開けられないんでした!)
とりあえず一旦海面に顔を出し、顔を手で何度も拭って目を開けようとする。が、それより先に、私は再び海中に引き戻された。
服を引っ張られる感覚、足や胴体を掴まれる感覚からして、助けを求める人々が私にしがみついているらしい。
(ああ、こういった時の対処法を、どこかで見ましたね)
溺れている人を助けに行く際、パニックになった相手にしがみつかれる形で、助けに行った人も一緒に溺れてしまう場合があるらしい。
そういった時は、あえて相手を溺れさせ、失神させてから運ぶと安全なのだとか。
(仕方がありません。少々、手荒に行かせてもらいますよっ!)
私は腕に気力を集中させると、引っ張られる方向からして胴体があると思しき場所へ、次々と拳を打ち込んでいった。
拳が相手に触れると同時に気力を流し込み、一撃で確実に意識を刈り取っていく。2つ、4つと体を掴む感覚が消えていき、10秒ほどで私を掴んでいた人間を全て失神させると、私は海面へと浮上した。
「ぷはっ!」
大きく息を吸い込み、何度も顔を拭って水気を切ると、私は立ち泳ぎをしたまま周囲を見回した。が……
「……おや?」
いない。あれだけたくさんいたはずの人間が、辺りをどれだけ見回しても一人も見付からない。
「っ! まさか、全員沈めてしまった!?」
慌てて海中に視線を落とすが、やはり人らしきものは全く見当たらない。
「お~い! 大丈夫か~!?」
そこで不意に声を掛けられ、視線を上げると、小さな船に乗った漁師らしき壮年の男性がこちらに手を振っていた。
「すみません! 他に溺れている人がいるんです! 助けてください!」
「なんだって!? そりゃ大変だ。とりあえず船に乗りな!」
親切な男性に手を引かれ、私は船に乗り込むと事情を説明する。しかし、男性は周囲を見回し、魚群探知機にも目を向け、怪訝そうに首を傾げた。
「……別に、誰もいないみたいだが……本当に他に人がいたのかい?」
「え? いたはず、ですが……ほら、これ」
私が裾をまくり上げると、足首にはしっかりと誰かに掴まれた跡が残っていた。それを見て、男性も気のせいではないと判断したのか、懸命に捜索をしてくれる。
しかし、どれだけ探しても一人たりとも見付からず、やむなく陸に戻った私達は警察に事情を説明し、あとは任せることにした。
「で、あんたこれからどうするんだい? なんだったら、俺んちに泊ってくかい? 流石に袈裟の洗い方は分からねぇが……」
「いえ、つい今朝までお世話になっていた寺院が近くにありますので、そちらにお世話になろうかと」
親切な男性の誘いを丁重に断り、私は今朝出たばかりの寺院に戻る。
少しバツの悪い気持ちで門弟に住職を呼んでもらうと、やって来た数時間前に別れたばかりの住職が、私を見て大きく目を見開いた。
「強くなってる……!!」
「はい?」
戦慄する住職を前に、私はただ首を傾げるのだった。




