狙う人影
私がそれに気付いたのは、仕事に出ようと準備をしていた朝のことだった。
「むっ!?」
ふと窓の外から視線を感じた私は、弾かれたようにそちらを向いた。そして、遠く離れた家の屋根に、黒い人影が立っているのを発見した。
「……なんだ?」
この距離で視線を感じたことなど、今までないことだった。しかし、急いでいた私は、少しそちらを気にしつつも準備を進めた。
そして、家を出る際にもう一度確認した時には、もうその人影は姿を消していた。
「……気のせいか」
そう納得し、私は仕事へ向かった。
しかし、その翌日のことだった。
「ぬっ!」
またしても視線を感じた私は、昨日と同様にパッと窓の外を見た。
すると、遠くの学校の屋上に、やはり黒い人影が立っている。
まだ距離があるのでその姿はよく見えないが、私はなぜか、それが昨日見た人影と同じものであるということを直感した。
「学校にいるということは……教員か?」
しかし、いかんせんまだ距離があり過ぎて確かめるに確かめられない。
その時、雲の切れ間から日の光が差し込み、私は反射的に顔を逸らした。
そして、再び顔を上げた時には、もう黒い人影はいなくなっていた。
「……?」
まるで狙いすましたかのように姿を消したことに、私は首を傾げる。
だがまあ、恐らく偶然だろう。それに、視線を感じたと言ってもこの距離だ。気のせいである可能性の方が高い。
「少し、過敏になっているのかもしれないな」
プライベートでも気を張り過ぎていては、疲れるだけだ。私は少し反省して、仕事に向かった。
だが、その翌日もまた。
「ふむ……またか」
今度は、はっきりとした強い視線を感じた。加えて、その視線には確かな害意が乗っていた。
窓の外を見ると、昨日の学校の三軒ほど手前の家の屋根に、例の黒い人影がいた。
「……そうだな。一応、見るだけ見てみるか」
距離的にはまだ遠い。だが、明確な害意を向けられては放置できない。せめて、姿だけは確認しなければならないだろう。
私は愛用のスナイパーライフルを取り出すと、窓の桟に銃口を乗せ、スコープを覗き込んだ。
「……なんだ? あれは」
スコープに映ったのは、ただひたすらに黒い影。黒い服を着ているのかと思いきや、頭部も完全な真っ黒だった。
「……覆面でもかぶっているのか?」
もしかしたらスコープの調子が悪いのかもしれないと思い、私は一旦スコープから目を離し、不具合がないか確認する。
その作業は、ほんの数秒のことだったはずだ。だが、再びスコープを覗くと、やはり人影は姿を消していた。
「また、か……」
こうなると、もはや偶然や気のせいだとは思えない。もしかしたら、敵対する組織の刺客かもしれない。
「……まあいい。この部屋は完璧な防弾仕様だ。奴が刺客だとしても、撃たれる前に撃てばいいだけのこと」
次に奴が射程圏内に姿を現したら、躊躇わずに狙撃をしよう。
そう決意して、私はライフルをしまった。
だがしかし、それ以降その黒い人影が姿を現すことはなかった。