冥婚(なろう風味)
「ふ~食った食った。台湾ってやっぱり料理が美味いなぁ~腹いっぱい」
屋台で夕食を終えた俺は、ホテルに向かって夜道を歩いていた。
「ん?」
と、道の真ん中に何やら赤い封筒が落ちているのを発見した。周囲を見回すが、落とし主らしき人は見当たらない。
「あぁ~こういうのって警察に届けないといけないのかなぁ。俺、中国語しゃべれないんだけど……」
ぼやきながらも、なんの気なしにその封筒を拾い上げ……た、その瞬間。
「え!?」
突如、近くの路地裏から一斉に屈強な男達が飛び出してきた。驚きに目を見開いている間に胴体に組み付かれ、背後から口元に布を押し当てられる。
(あ、これドラマとかで見るやつ……)
そんな思考が頭をよぎったのも束の間、俺は頭の中に直接アルコールをぶち込まれるような気持ちの悪い感覚と共に、意識を失った。
* * *
気付くと、俺はたくさんの花の上に寝かされていた。
同時に聞こえてくる、何か呪文のようなものに反射的に起き上がろうとして、全身をロープで拘束されていることに気付く。口にも布を巻かれていて、うめき声を上げることしかできない。
それでもなんとか口をもごもご開閉することで布をずらし、俺は英語で叫んだ。
「おい! なんだこれは! 俺をどうする気だ!」
すると、呪文のようなものが一旦止まり、左側の方から多くの人間がざわつく声が聞こえてくる。
やがて、誰かが近付いてくる足音が聞こえたかと思うと、見るからに上等なスーツを着た老人が俺を覗き込んで来た。その老人は、感情の読めない目で俺を見つめると、流暢な英語で語り掛けてくる。
「あなたは、お嬢様の花婿となるのです」
「は……?」
この不可解な状況で告げられた突拍子もない言葉に、俺は思わず呆気にとられる。そのまま老人が視線で示す先……自分の右側に視線を向けると、そこには一人の若い女性が横たわっていた。日本人の俺から見ても非常に美しく整った容姿、均整の取れた肢体。だが、問題は……
「ヒッ……!?」
明らかに、その女性の顔に生気がないことだった。
その傑出した美しさも相まって、一見すると名工が作り上げた人形のようにも見える。いや、これが人形だったらまだよかったかもしれない。死者と結婚させられる、そんな嫌な予感しかしない状況に比べれば、まだ人形と結婚させられた方がマシというものだ。
「なんなんだよ……意味分かんねぇよ! お嬢様!? 俺はただの一日本人だぞ!」
「関係ありません……あなたは、紅包を拾ったのですから」
「ああ!?」
声を荒げて老人を睨むと、老人は懐から見覚えのある封筒を取り出し、それを開いた。
「うっ……!?」
その中身を目にして、思わず絶句する。老人が封筒の中からつまみ出したもの、それは一束の黒い髪の毛だった。
「あなたはお嬢様の遺髪を拾いました。もう契約は成されたのです」
「は、はあ!? なに言って……っ!」
あまりにも理不尽な物言いに叫び声を上げるが、その瞬間俺は一つの都市伝説を思い出した。
冥婚。未婚で亡くなった女性に、死後の世界でも寂しくないよう花婿を用意するという風習。
(まさか……あれなのか!?)
ようやく自らが置かれている状況を悟り、俺はぐっと言葉を呑み込むと、なんとかこの場を切り抜けようと頭を巡らせた。
しかし、すぐに老人が立ち去ろうとしたので、俺は考えのまとまらないまま慌てて声を上げた。
「お、俺は見ての通りブサイクだし、生まれてこの方彼女なんて一度も出来たことないクソ豚オタクだぞ!? 実家も貧乏だし、通ってる大学も三流大学だ。あ、あんたのお嬢様とは釣り合わないんじゃないか!?」
「関係ありません。既に契約は成されたのです」
「ま、待て! 待ってくれ! 俺は──んぐっ」
なおも言葉を尽くそうとするが、それより先に黒服の男が現れ、俺の口布をしっかりと結び直した。
「んーーー!! んんーーーー!!」
もはや半狂乱になって足掻く俺だが、その間にも儀式らしきものは進行し、やがて俺は数人の男に体を持ち上げられた。ゆっくりと運ばれ、ベッドのようなものに寝かされ……いや、これはベッドではなく、棺桶……?
「んんーーー!!?」
もう、恐怖で頭がどうにかなりそうだった。しかし、必死に叫ぶ俺のことなんてお構いなしに棺桶には蓋が被せられ……俺は、暗闇の中で静かに意識を手放した。
……………………
……………………
……………………
……気付くと、俺は森の中で寝ていた。
上体を起こすと、傍らにはなぜか全力土下座している女性。え? なにこの状況?
「な、なあ、あんた……」
「大変、申し訳ございません……っ!!」
「お、おう、どうした?」
そこまで言ってから、自分が日本語でも英語でもない謎言語を話していることに気付く。それに加えて、全く見たことのない植物が生い茂っている周囲の風景……俺の脳裏に、この状況を説明するひとつの単語が浮かんだ。
だが、今はそれより目の前の女性だ。なぜか頭が地面にめり込みそうな勢いで土下座している女性に頭を上げさせ、その顔を見て……俺はぎょっとした。
「あ、あんた……!?」
その女性は、つい先程隣に寝ていた死体の女だった。だが、今はその顔にはしっかりと生気があるし、心底申し訳なさそうに瞳を潤ませる姿には、どこか幼さが感じられた。
死んでいたはずの女が生きているという状況にパニックを起こし掛けるが、そのあまりにも可憐な姿に、俺は思わず生唾を呑み込んでしまう。
「この度は、わたくしの親族が勝手なことを……貴方様には、大変なご迷惑をお掛けしてしまって……」
「え? あ、ああ~~……」
もしかしてこれは……あれか。この人は、俺が冥婚で自分の道連れにされたことを知っているのか。というか、俺ってやっぱり死んだのか? いや、自分の手や体形を見るに恐らく生前の姿そのままだし、異世界転移という可能性も……いや、それだと目の前の女性が生き返ってる説明が付かないか。そうなると、これってやっぱり異世界転生になるのかなぁ。
「申し訳ありません……っ!!」
「ああ、いいっていいって。君が悪いわけじゃないし、さ」
再びガバッと頭を下げる女性を、俺は慌てて宥める。すると、女性は上目遣いに顔を上げ、おずおずと言った。
「せめてもの償いとして……これからは貴方様の妻として、全身全霊を持って尽くさせていただこうと思うのですが……いかがでしょうか?」
「へ? 妻?」
「はい……貴方様にとっては不本意なことでしょうが、わたくし達は既に夫婦ですから」
女性が遠慮がちに持ち上げた左手を見ると、その薬指には銀色の指輪がはまっていた。そして、俺の左手の薬指にも同じものが。思い返してみれば、棺桶に入れられる前にこんなものをはめられた気がしないでもない。
「……あ~ね」
これは……あれか。『冥婚から始まる異世界生活 ~転生のお供は尽くしたがりの美人嫁でした~』ってやつか。なるほどなるほど……
「ん~~アリよりのアリ」
全然アリだった。
※ただし、実際の冥婚はこんなテロみたいなやり方はされない模様。相応の家柄の男性が選ばれ、既婚者が選ばれることもあるので重婚状態になることもあるとか。結局、持つ者に一極集中するということ。クソが。