こっくりさん(なろう風味)
前2話が割とガチホラーだったので箸休め。
なろうファンタジーで、新入生が学園でいきなりやらかしてしまう系のあれ。
「失礼します」
扉を開けると、カーテンの閉め切られた薄暗い部屋の中。先輩方が、コの字型に設置された机に並んで迎えてくれた。
「君が新入部員か」
「はい。僕は──」
「ああ、自己紹介は結構。早速君の実力を見せてもらおうじゃないか」
正面の机の中央に座る先輩が手で示したのは、部屋の中央に置かれた小さな机。その上にはたくさんの文字が書かれた白い紙と、1枚の10円玉が置かれていた。
「ごくごく初歩的な降霊術だ。君も知っているだろう?」
「はい。こっくりさん、ですよね?」
「そうだ。君にはこれから、一人こっくりさんをやってもらう」
こっくりさん。やり方は知っているが、実際にやるのは初めてだ。緊張から手にじんわりと汗がにじむ。
「その……もし成功できなければ、入部は許されないのでしょうか?」
「ん? いや、これは飽くまで今の実力を見るためのものだ。もちろん、より複雑で難しい質問に対して回答を得ることが出来れば、それだけ高い実力を持っているということになる。だが、最悪呼び出せなくとも問題はない。これから出来るようになればいいだけだ。だから、あまり気負わずに思いっ切りやればいい」
「わ、分かりました」
緊張からどもってしまい、深呼吸をして心を落ち着ける。
「(あれはダメそうだな)」
「(あの様子では、降霊など無理だろう)」
「(まあ、“はい”か“いいえ”で答えられる質問を1つできれば上出来と言ったところか)」
周囲の先輩方が何かを囁き交わしている。しかし、僕はそちらを意識することなく部屋の中央に進むと、震える人差し指を10円玉の上に置いた。
「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでくだ──」
変化は、唐突だった。
突然白い紙に書かれた文字全てが金色の輝きを放ち、室内を妖しく照らす。机の周囲を突風が渦巻き、カーテンを激しくはためかせる。
「何事だ!」
「こ、これは!?」
「バカな……まさか!!」
混乱した先輩方の叫びの中、眩い輝きと共に、机の上に巨大な何かが出現した。
それは、金色の毛並みを持った大きな狐。その真っ赤な瞳が、頭上高くから僕を見下ろしていた。
「白面金毛、九尾……!!?」
誰かが愕然とそう漏らした直後、室内にざわめきが起きた。
「バカな! 供物もなしに九尾の狐を呼び出すだと!?」
「あの新入部員、何者だ!?」
「先生を、先生を呼べ!!」
しかしそれらの声も、金色の狐さんが口を開いた途端ピタリと収まった。
『ほお……今の世に妾を呼び出せる者がいたとは……』
どこか遠くから響いているような、威厳に満ちた声。周囲の先輩方が、物理的に上から押さえつけられたかのように苦しげな声を漏らす。中には、室外に走り出ようとしたまま床に這いつくばっている人もいる。
それらを視界の端に捉えながら、しかし僕は魅入られたかのように目の前の狐を見つめていた。そんな僕にどこか興味深そうに目を細め、狐さんは再び口を開く。
『ふむ……せっかくこうして顕現したわけじゃ。そなた、妾と契約する気はあるかえ?』
「け、契約?」
『うむ、さすれば妾はそなたの僕として、いかなる願いでも叶えようぞ』
“いかなる願いでも”というのは少々大袈裟な気がしたが、ここで「お戻りください」なんて言ったら力試しにならない。先輩も「思いっ切りやれ」と言ってくれていたし、何か起きたとしてもきっとなんとかしてくれるだろう。視界の端でその先輩方がぶんぶんと首を横に振っている気がするが、気のせいだろう。
「じゃあ……お願いします」
『うむ。では額をこちらに近付けよ』
「えっと、こうですか?」
言われるままつま先立ちで額を突き出すと、同時に頭を下げた狐さんと額が触れ合った。
途端、合わさった額の間で光が走り、眩しさに閉じた目を開けると、狐さんの額に不思議な文様が浮かんでいた。
『これで契約は成った。改めて、よろしく頼むぞ? 主様よ』
「あ、はい。よろしくお願いします」
『では、早速妾に名前を付けてくれるか?』
「名前、ですか?」
『そうじゃ。それが妾と主様を繋ぐ絆となる』
急に言われても……と小首を傾げ、ふと狐さんの真っ赤な瞳に目が行った。自然と、口から名前がこぼれ落ちる。
「紅……君の名前は、紅だ」
『紅、か……よい名じゃ。むっ……!』
その瞬間、狐さんの全身が淡い燐光を放ち始め、僕は「え? なんかマズいことやっちゃった!?」と慌てる。
『力が……漲る。これなら……』
狐さん──紅さんがどこか呆然とそう言った直後、凄まじい光を放ち始め、僕は反射的に顔を背けた。
そして数秒後、光が収まった時。そこには巨大な狐ではなく、長い金髪に真っ赤な瞳を持った、物凄い美人なお姉さんがいた。幾重にも豪華な着物を羽織っているが、その大きくくつろげられた襟元からは豊かな胸がこぼれそうになっている。そして……その頭には狐の耳が、お尻からはふさふさとした9本のしっぽが生えていた。
「ふむ……人化するのは久しぶりじゃな」
「紅さん、なの?」
「いかにも」
紅さんは妖艶に笑うと、ゆっくりと胸の下で腕を組んだ。その弾みに豊かな胸がゆさっと揺れ、僕は落ち着かない気持ちになる。同時に、それまで黙って事態を見守っていた周囲の先輩方が、「おおっ」と軽くざわついた。
「では主様よ。願いを言うがいい」
「ね、願い?」
「うむ。そのために妾を呼んだのであろう? さあ、何を願う? 主様のためなら、どんな願いでも叶えようぞ」
艶然と笑いながら、紅さんはこちらに近付いてくる。その姿につばを吞みながら、僕は用意していた質問を口にした。
「さ、3組の小野寺さんの好きな人って誰ですか!?」
「は?」
僕の質問に、紅さんはぽかんと口を開いた。
でも、その後普通に小野寺さんのところに訊きに行ってくれた。優しい。