見るな
「そうそう、ここキレイだったよな~」
「ああ、すっごく水が澄んでてビックリした」
「うわ、俺めっちゃ見切れてんじゃん」
大学の研究室にて。夏休みに研究室で行ったキャンプの写真を、いつもの4人で確認していた。
教授が持っていたデジカメの写真をパソコンに取り込み、1枚ずつ見ては思い出話に花を咲かせる。
「あれ? ちょっと止めて?」
「ん? どうした?」
背後の木下が上げた声に、俺は次の写真に行くべく左クリックしようとしていた指を止めた。
「これ……誰だ?」
「え?」
「ほら、これ」
木下が手を伸ばしてスクリーンの一点を指差し、俺もようやくそれに気付いた。
「え、誰だこれ」
それは、河原でバーベキューをやっている俺達の向こう。川の中にいた。
赤い服を着た、髪の長い女。それが、川の中に立ってじっとこちらを見ている。
「研究室の女子……じゃ、ないよな?」
「違うだろ。こんな真っ赤な服着てる奴いなかったし、うちの女子こんなに髪長くないし」
山崎や進藤も見覚えがないらしく、首を傾げている。当然、俺もその女に見覚えはなかった。
遠くにいるせいで、顔はよく見えない。しかし、その女がはっきりとカメラのレンズの方を見ているのは分かる。
いや……見ているのはカメラのレンズではなく、その向こうにいる俺達……
「ま、まあなんか別のキャンプ客が写っちゃっただけだろ」
不吉な想像を振り切るように、俺は次の写真に行った。が……
「うわっ!?」
「ちょっ!」
「マジか!?」
「ん!?」
次の写真が表示された瞬間、俺達は一斉に声を上げた。
なぜなら……次のバーベキューの写真にも、さっきの女が写っていたから。それも、さっきより大きく。
その女は……一番奥に写っている、山崎の隣に立っていた。こんなに近くに立っていて、気付かないなんてありえない。こんな写真が、存在するはずがない。
なのに……その女は確かにそこにいて、はっきりとこちらを見ていた。
その瞬間、また写真が切り替わった。
「おい、マジかよ」
「嘘だろ? 勘弁しろよ」
今度は、奥から2番目に写っている進藤の横に立っている。女が。どんどん、こちらに近付いている。
「おい、もう消せよ!」
焦燥に満ちた山崎の声に、俺は慌ててビュアーを閉じようとするが……手が、体が、動かない。
いや、そもそも俺は、さっきからクリックをしていない。
なのに……また、勝手に写真が切り替わる。
「おい、やめろよ。マジで」
「うわっ、うわ、うわ!」
「!」
どんどん、写真が切り替わる。少しずつ早く。次々に切り替わる写真。それと共に、どんどん近付いてくる女。
見たくない。目を逸らしたい。なのに、目を閉じることも顔を背けることも出来ない。
金縛りに遭った状態で、ただ女が近付いてくるのを見ることしか出来ない。
やがて、画面はその女の顔に埋め尽くされた。
スクリーンいっぱいに写る、女の顔。
その、異様なほど大きな黒目が、はっきりとパソコンの前に座る俺を捉えた。
「ひっ、ひっ!」
「マジかよ……」
喉の奥から引き攣った音を漏らす俺。そこでとうとう、それまで黙っていた進藤も、もう耐え切れないといった様子で声を上げた。
「すんげぇ鼻毛出てんじゃん」
……は?
予想外の呟きに、思わず女の目から視線を逸らしてその下を見る。
あ、うん……たしかに。
気付いた瞬間、思わずまじまじと見てしまっていたその鼻が、パッと手で隠された。
そして、そのまま顔ごとスススッと下にスライドしていき……女は目を伏せたまま、画面の外にフレームアウトしていった。同時に金縛りが解けて、俺はドッと息を吐く。
荒々しく息を吐く俺達3人に、顔をしかめた進藤が苦々しい声で言った。
「やっぱ、鼻毛出てる女子のアップってキチィよな」
「「「そうじゃねーよ」」」
「え?」
キョトンとする進藤に、頬が引き攣るのを感じる。
やっぱり関西人うんぬん以前に、こいつ人としてどこかおかしいのではないのだろうか?