06
「「サナ」」
二人の姉が短く名前を呼んだ。
「「和平を締結した結果、我々の悲願が頓挫するようなことにならないかしら? 我々の悲願はマルドゥクへの復讐。それはつまり、「ウェールス・ムンドゥス」の殺害。そこに人類との和平など不要だと思うのだけれど?」」
咲和の両脇に立つ二人の姉は、普段の姉の貌を潜め、大いなる母の第一の仔としての貌を覗かせる。その貌に咲和は、その考えは最もだと、静かに目を伏せる。しかして、咲和には他に考えが思い浮かばなかった。何より、二人の愛しい姉たちが自分の考えを酌んでいないわけがない。そう、確信めいた信頼があった。
「確かに姉さんの言う通り、我々の悲願の達成には和平など不要。しかし、今回のムンムの挑発で私は思ったのです。ムンム、延いては「ウェールス・ムンドゥス」への報復は殺害と言う形だけでは成し得ないのではないのか、と。
だから私は本来、「ウェールス・ムンドゥス」側である人間の生存を許容しています。イシュさんやシュガルさん、ネガルさんに皆の連れて来た人たちです。勿論、止めは我々の手で行われなければなりません。しかし、その過程で「ウェールス・ムンドゥス」へ最大級の屈辱と虚無を与えるには、同族に因る破滅も視野に入れるべきかと思うのです。
彼女たちはその第一歩であり、和平は二歩目です」
二人の顔を交互に見て、それぞれの手を取った。
「「………ふふふ。ええ、わかっているわ。悪かったわね、試すようなことを言って」」
にっこりと、柔和な笑みを浮かべる。そこにはすでに普段の妹のことを第一に考える姉の貌があった。それを見た咲和の貌にも姉慕う妹の笑みが零れる。
「いえ、大丈夫です。姉さんならわかっていると思っていましたから」
ラフムとラハムは咲和の頬を優しく撫でる。それに彼女は気持ちよさそうに目を細めた。それを見たイシュは小さく溜息を吐く。その表情はイラついているように見えた。
「で、だ。余らが行くのはいつになるのだ? 「ウェールス・ムンドゥス」に行くのならば少なからず準備が必要だろう?」
イシュの言葉には小さな棘が無数にあったが、咲和はそれをすべて無視して口を開いた。
「今からですよ? 着替えを済ませて、すぐに出発です」
そんな咲和の発言にイシュは盛大に溜息を吐き、ネガルは露骨に表情を歪めた。
かくして、イシュ、シュガル、ネガルの三人は「アリシア王国」国王「エンリル・ベル・アヌンナキ」へ和平を申し込むこととなった。




