05
法国の今回の動きは明らかな罠だった。バシュムの行動を確認している以上、そんな中でマルドゥク転生の魔術に取り掛かるなど、止めに来い、と言っているようなものである。
この罠で咲和たちを「ウェールス・ムンドゥス」へと誘い、何か良からぬことを考えている。場合によってはそのまま彼女たちを滅ぼす算段の可能性もあった。
「えーっと、この誘いに乗ろうと思います」
「何故ですか?」
手を上げて咲和の言葉に返したのは十一の獣が次女、ウシュムガルだった。
「それ以外に選択肢がないからです。私達にある情報は、法国が転生魔術の準備を始めているというものだけです。当然、準備もなしに法国に乗り込むのは危険でしょう」
「では、あたしたちは何をすればよいのでしょうか。なんなりとお申し付けくださいませ! このウシュムガル、サナ様の命とあらばどんな困難でさえ乗り越えて見せます!」
立ち上がりウシュムガルは声を上げた。普段の大人しく口数の決して多くない彼女とは打って変わっている。
そんな彼女の変化に咲和は首を傾げた。
「えーっと。ウシュムガルさん? どうかしたんですか?」
咲和が問いただすと、途端にしどろもどろになった。
「え、え? あ、あたし、何か間違え、ました、か?」
辺りの状況を見たウシュムガルの顔を耳まで真っ赤に染まり上がる。当然だろう。普段からムシュマッヘに近づかれるだけで顔を染めるほどには、恥ずかしがり屋な彼女が、湖に浮かぶ城に住む者全員の視線を一身に受け止めているのだから。
「フフフ。ウシュムガル様、お座りくださいな」
ウシュムガルの後ろに立つ黒髪の女性―――サエウム・クーラデキウスは、彼女の肩を押して座らせる。
それにウシュムガルを除く十一の獣がクスクスと笑いを零した。ウシュムガルの顔はより一層その赤さを増した。チラリとムシュマッヘへ視線を向けて、その瞳を潤ませた。
「あ、えっと……で、「ウェールス・ムンドゥス」へは私の三人に向かっていただきます」
「な、なんだと! 何故余たちが行かねばならんのだ!」
「そうだ! イシュ様とシュガル様が行く理由がない!」
咲和の後ろに控えていたイシュとネガル・クタ・ギルガメシュ―元皇帝直属の近衛騎士団団長―が彼女に詰め寄った。
名前すら呼ばれていないにもかかわらず、二人は自らのことだと認識した。それは、自らを咲和の所有物であると自覚したが故だ。十一の獣の後ろに控えている女性たちと同様に、イシュとネガルもその心を大いなる母に開きかけていた。
「理由ですか? そんなの簡単ですよ。皆さんが人間だからです」
それ以外に理由がないと言わんばかりに、咲和は言い切った。
「かしこまりました。サナ様、では、私は何をなさればよいのでしょうか?」
イシュの隣に控えていたシュガル・アッガシェル――イシュの盲目の姉――が顔を出し、閉じられた目を微かに開く。
「貴女の考えている通りのことをやっていただければいいですよ」
咲和は笑む。それに彼女は目を閉じることで応えた。
「かしこまりました。では、「アリシア王国」へ赴き、国王「エンリル・ベル・アヌンナキ」に和平を申し込んできましょう」
その言葉には、咲和の二人の姉を除く全員が目を見開いた。今までの咲和の言葉からは想像もできない発想だ。人類を塵蟲と罵り、虐殺してきた彼女が、そんな彼らに和平を申し込むなどと誰が想像できようか。
「わ、和平? 貴様は何を考えているのだ!」
「えーと………特別に深い考えがあってのことではないんですよ」
イシュの言葉にそんなことしか返すことが出来なかった。
「サナ様、どういうことなのでしょうか? 我々は混乱しております」
「そうだぞ! サナ様は何を考えているんだ?」
「サナぁ、教えてよねぇ」
クサリク、ギルタブリル―十一の獣が七女―、ラハブ―十一の獣が六女―の三人は口々に説明を求める。
「えーっと、ですね。現状、教皇が何をやってくるのか分かりませんよね? これは周知だと思います。再三言っていますから。
では、私達は何をすればよいのか。私達は教皇の考えないことをするしかないのです。きっと彼女は私達が転生魔術の準備の痕跡を見つけて、攻め込んでくると考えているでしょう。私ならばそう考えます。だからです。攻め込むんですが、目的を変えるのです。法国の陥落ではなく、人類との和平へと」




