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ムシュフシュの『我が毒は勇ましき者の為に』はマルドゥクに対する専用のスキル。勇者たるマルドゥの受ける傷を肩代わりし、攻撃を行った者に毒を付与すると言ったものだ。
彼女の流した血液がマルドゥクへと届く前に、何かに阻まれたかのように途切れた。
「そして、何よりだ。私が自らの子を手に掛けるわけがあるまい」
サナの瞳には一つの色が灯る。
それは愛ではない。
それは憎悪でもない。
それは、どこまでも純粋な闇色だ。
魔力を伴った羽ばたきで、雲よりも高く飛翔する。
「塵が多いな」
地を睥睨し、魔術陣を描いた。
それは、複数の魔術陣が幾重にも重なった複雑かつ巨大なものだ。
「九重の蛇焔は、天焼き、地焼き、その顎で世界を砕く。支配などあらぬ。あるのは強烈なまでの破壊のみ―――――九重の星壊の蛇焔」
詠唱は完了した。
魔術陣からは咲和が今まで放った蛇焔など、比べるにも能いしないほど巨大な、九つの首を持った蛇焔が姿を現した。その背中からは天を覆うほどの翼が生えている。
「なんだ、アレは――――――――――あんなもの………規格外すぎる………」
戦斧を握る手に力が抜ける。
「ダメだ。あんなものに挑んではいけない」そう、マルドゥクの中の何かが弱音を吐く。「ダメだ。このままでは人類が終わってしまう」そう、マルドゥクの中の何かが警笛を鳴らす。「ダメだ。私がやらなければ全員が死ぬ」そう、マルドゥクの中の何かが叫んだ。
その何かを信じる。それが、勇者であるマルドゥクだった。
「ッ――――――――私が貴様を屠り、「ウェールス・ムンドゥス」を護る! この命に代えても!」
戦斧を握り直す。
九重の蛇焔は天を覆い、その九つの首で地上の芥を焼いていく。




