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「ただいまー」
城へ帰ってきた咲和を出迎えたのは、他でもなくラフムとラハムだった。
「「お帰りなさい。思ったより早かったのね」」
「はい、姉さんたちに一刻も早く会いたかったですから!」
出迎えた二人を咲和は正面から抱きしめる。二人もそれに応えるように背中へ腕を回した。
*―*―*―*―*
二人を連れ立って、咲和はクルールの部屋へと来ていた。
「ただいま。変わったことはなかった?」
「お帰りー」
クルールは上半身だけを水から出して答えた。
彼女の部屋は他の十一の獣の部屋とはその様子が大きく異なっている。部屋の半分を占める池の水深は数十メートルを軽く超え、水中で活動できないものは入ることすら躊躇うほどだ。池のほかにも、床には固いコンクリートではなく、柔らかい土が敷かれている。室内であるのに、屋外にいるような雰囲気の部屋だ。
「勇者が動き出すよ」
と、世間話でもするかのような口調で、クルールは咲和たちにとっての最重要案件を口にする。
「………………え? 勇者? いつ?」
咲和は酷く取り乱す。それもそのはずだ。先ほど帝国を堕としたばかりなのだ。その余韻にすら浸っているこの状況で、大いなる母の仇敵である勇者が動き出したとなれば、取り乱さないほうが無理がある。
「「クルール、詳しく説明なさい。サナが混乱しているわ」」
咲和がわたわたと困惑している隣で二人がクルールを諫める。
「りょーかいです。『王神の占星』による未来予測の結果なんですけどね。王国の方にも帝国の陥落が情報として入ってて、それがわたしたちの仕業だってバレてて、だから勇者が動かなきゃってことになってて、つまり、えーっと、勇者がくるよって」
「バレてた? 何でです? 確かに降伏宣言は帝国民の耳に入るようにやりました。でも、それを王国側が知ることはできないはずです。だって戦場に声を送ってませんから」
クルールの詳しい説明で困惑を抜け出した咲和は冷静を装って言う。
戦場まで声を送れば、王国側にも伝わることは明白だ。それを阻止する為に咲和は戦場へは声を送らなかった。
「教皇が視てたからね」
「見て、た?」
「うん。教皇は「ウェールス・ムンドゥス」の全域を視ているんだよ。まぁあ、正確には視てるのは教皇自身じゃないけどね」
「じゃあ、誰が?」
「「アンシャルとキシャル」」
ラフムとラハムが答えを引き継いだ。その声には憎悪ともいえる嫌悪が含まれている。それは咲和が召喚されたすぐにバルコニーで聞いた声に似ていた。
「それって………」
「「そう、私達の唯一の子よ」」
やはりそこには嫌悪が含まれていた。
自らの子を呼ぶには余りにも悲しすぎるその声色に、咲和は胸を締め付けられる。そして、一つの可能性が脳裏をよぎった。
アンシャルとキシャルは、ラフムとラハムの唯一の子にして、人間の祖、人類史の始まりである。彼らもまた、ラフムとラハムや十一の獣と同様に神話の体現者だ。
(アンシャルとキシャルが教皇に協力しているのなら、それはきっと………でも、なら、どうして?)
咲和の思考は、扉の開け放たれる音で遮られた。
「サナ様!」
肩で息をするバシュムが部屋に走り込んできた。
「え? バシュムさん? どうしたんですか?」
「勇者が――――マルドゥクが動き出しました」
「ほらねー」
クルールの無邪気な声だけが部屋に響いた。




