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【改稿版】十一の獣は魔王と共に  作者: 九重楓
5章 謁見

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11

 気が付けば、咲和は黒塗りの扉の前に辿り着いていた。それ以上階段はない。ここが塔の最上層だ。


「きっとこの先に――――」


(―――――魔術師(噂の人)がいる)



 イシュの部屋の物とは違い、こちらには魔術防壁は張られておらず、すんなりと開けることができた。


 中は、イシュの部屋を小さくしたような空間だった。巨鎧こそないが、調度品はイシュの部屋の物とそのほとんどが同じだった。しかし、その中に異質なものはあった。部屋全体を使って描かれた奇妙な絵だ。天井、壁、床、その全てに渡って描かれている。それは、イシュの体に刻まれていた魔術陣に似ている。



「…………………………………綺麗」


 それは自然と零れた言葉だった。


 扉から向かって左側の壁際に置かれた天蓋付きのベッドで、上半身を起こし本を読んでいる一人の女性。扉が開いたことに気が付いて、咲和を見て、微笑んだ。



 艶のある淡い赤毛のロングストレートヘア、黒地に小さな金色の刺繍のあるワンピース、黄金色の瞳の垂れ眼。日を拒絶し続けたかのような、死人じみた白肌。その線は余りに細く、風に吹かれただけで消えてしまいそうだ。


 そんな、精巧に描かれた絵画のような美女は微笑んだまま、口を開いた。


「お初にお目にかかります。(わたしく)はシュガル・アッガシェルと申します。「フィクティ・ムンドゥス」が主、キングゥ様がこのような場所に何用でしょう」


 鈴の音は咲和の心臓を突き刺す。咲和にとってシュガルの言葉は余りにも想像を超えたものだった。


「何で………」


 帝国に流れるもう一つの噂。


 それは、”皇帝イシュ・アッガシェルには()()()姉がいる”と言ったものだった。しかしそれは、噂であって、国民のほとんどがそのことを信じていなかった。それも当然だ。シュガルは生まれてから、一度も家族以外と会っていないはずのだから。



「あら、間違えてしまったでしょうか? …………ああ、そうですよね。こうお呼びする方が適切でしたね。転生者「サナ」と」

「――――――な、何で!」


 あり得ない発言だった。咲和が転生した者であることを知っているのは「フィクティ・ムンドゥス」の者だけのはずだったから。シュガルが監禁されていたように、咲和も数百年もの間、城から出たことはなかったのだから。


「何故? そんなもの簡単ではありませんか。見ていたからですよ」


 優しさともとれる笑みを湛えてシュガルは言う。


「見ていたって……そんなこと……」


 あり得るはずがない、と続けようとした言葉はシュガルによって遮られる。


「可能ですよ。では、僭越ながら、二つほど忠告しておきましょう。まず一つ、魔術防壁の一つでも張っておいた方がいいですよ? 私のような不埒者がいつ、貴女方の生活を覗き見ているかわかりませんからね。

 そして、もう一つ―――――――肉体からの解放、魂の牢獄、安然の世界。血を堕とし、今ここに冥府の顕現を。私は冥府の主人とならん。死者は須らく、その全てが私の物だ。死に、滅び、腐敗せよ。冥府の檻は(クル・)死を内包する(アルラトゥ)

 この部屋へは立ち入るべきではありませんでしたね」


 詠う様に言葉は紡がれる。そして、部屋全体が灯った。


 瞬間、咲和は床を蹴り、魔力を伴った羽ばたきで飛翔する。


(魔術だ――――それも、私達の知らないもの)


 咲和が元居た場所には卵のような形をした檻が出現した。檻と呼ぶには余りにも小さいそれは、もはや籠だ。 


 咲和がイシュの元まで行こうと飛ぶが、その先には檻が出現する。


「くそっ!」

「ふふ……がんばってください」


 シュガルはベッドから動かない。しかして、床からは檻が生え続ける。咲和は檻を避けることに精一杯だ。シュガルの元へは辿り着けない。このままでは防戦一方だ。


「こんなもの!」


 目の前に現れた檻を尾で薙ぎ払おうとした。


「―――ッ! 触れただけで」


 尾が檻に触れた途端、尾に鋭い痛みが走った。それはまるで尾を割かれたかのような痛みだ。咄嗟に尾を引く。


「逃げているだけでは、私の下へは届きませんよ?」


 シュガルはそんな咲和の姿を見てほくそ笑む。


「そんなこと――――ッ!」


 尾の次は翼に痛みが走る。翼を下から檻が突いていたのだ。突かれた部分から翼が腐敗していく。骨も露出している。


(このままじゃ………仕方ないですね………)


「我は時駆けの獣。我が前には万里の門。砕き、綻び、割け、世界を晒す。我らが道は、栄光ヘと続いている――――世界繋ぐ獣の門コネクシオムンドゥス・ポルタベースティア!」


 檻を避け続けながら魔術陣を描き、詠唱を完了する。


 一瞬で咲和は部屋から離脱を果たした。


「……逃げられましたか」


 残されたシュガルは、駆除するはずだった害虫に逃げられたかのように、淡々と溢した。

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