01
原初とマホウツカイの消失をトラウェル・モリスに住む者全てが感じ取った。
魔術に慣れ親しんだ王国国民はもちろん、魔術に疎い帝国国民でさえ感じ取ったのだ。家族たちが感じ取れなはずがない。
原初と魔王を同時失った神話の体現者たち。
「ラフム、ラハム…………、行ったのだな?」
帝国の城、その玉座に座していた二人の姉を前に、イシュが言う。その言葉にどんな感情を乗せていいのか、彼女自身わかっていない。
「ええ、母様は去ったわ」
「ええ、私達を置いてね」
二人の姉は俯き、顔を上げることはない。
「そう、か……世界は救われたのだな……」
「喜ばしい事です。世界は救われた。魔王が残された世界が救われたのです。これほど喜ばしいことはないでしょう?」
イシュの隣でそう言ったのはシュガルだ。彼女は何も映すはずのないその瞳で二人の姉をしっかりと見つめる。
「貴女に何がわかるの?」
「人類である貴女に」
二人の姉は立ち上がり、二人を捉えるシュガルの視線に向き合った。何も映していないはずの彼女の視線に神話の体現者たるラフムとラハムの躰は強張る。
「ええ、私には貴女たちの気持ちを慮ることはできません。何故なら私は原初様と過ごした時間が余りにも少ない。その上、我々人類は元よりフィクティ・ムンドゥスの敵です。ですが、私にもサナ様と過ごした時間はあります。そんな彼女、私たちの、イシュの尊きお人が残した世界が救われたのです」
真っ直ぐな彼女の視線が二人の姉を射抜く。
「わ、………わかっているわ………そのようなこと」
ラフムが拳を握り締め俯く。その隣でラハムが半身の握り締められた拳を見つめる。
「らふ、む?」
「わかっているわ! そのようなこと! 私だって、そのようなこと………わかっているのよ………」
赤色の帯の下から流れる一筋にイシュが目を見開く。
「でも、――――――――」
「ならば、私たちは進まなければなりません。原初様の為にも、サナ様の為にも」
俯いたラフムを正面からシュガルが抱き締めて優しく頭を撫でる。それを見たラハムとイシュが驚愕する。
「す、進む………そう、私たちは進ま…………」
「そう、です。ですが、少し………そう、少しの間は、別れの悲しみに心を沈めてもよいのではないでしょうか」
そう言いながら、シュガルはラフムを優しく撫でる。
「そ、そんな、こ、こと………」
声が震える。
「う、うぅ……」
小さく涙を流すラフムをラハムが抱き締める。そんな自分よりも小さな二人の姉をシュガルは優しく抱きしめた。
イシュは三人の抱擁を柔らかい眼差しでも見守っている。その後ろ、ドアの近くに立っていたエンキドゥは二人の姉の見たことのない涙に唇を噛みしめた。
彼の中で二人の姉は冷静で冷徹、原初と半身以外には心を開くことのない孤高の存在として在った。それが余りにも容易く涙を見せた。それも人間に抱擁されながら。そんな二人の姉の姿は過去、神話の時代に在って、あり得なかった。




