06
「今、世界を発つ」
ティアマトとマホウツカイを取り囲む様に幾重もの魔術陣が出現する。
頭の再生を果たした二頭一対の獣が二人を取り囲む魔術陣へと拳を振り下ろした。大地すら砕くであろう一撃だったが、魔術陣が砕けることはなく代わりに二頭一対の獣の腕が消し飛んだ。
「世界、発、つ?」
抱き締められたマホウツカイの頭に大きな疑問符が浮かんだ。
(世界を発つ? どうやって? 発つって…………どこ、へ?)
「我が心、我が力、我が愛を捧ぐ」
まるで愛の告白のような、詠唱のような何かを言祝ぐ。
「我が名は魔女」
そう、彼女は魔女だ。魔術を生みだした、誰にも到達しえない魔術の祖。
二頭一対の獣が魔術陣を殴り続ける。しかしそんなものがティアマトへ届くわけもなく、獣は咆哮する。
「我が名は全ての母」
そう、彼女は母だ。この世界全ての者の母であり、その全てを愛する者。
「我が名は原初」
そう、彼女は原初だ。原界から生まれ、この世界の礎となった始まりの者。
「駆け抜けるは闇」
遠い過去、原界より生まれ落ちた者。原界での子供たちとの尊き日々。半身の死、勇者たちの反逆。そして、初めてのキングゥの死と神代の終わり。
「過ぎ去るは尊き光」
家族と過ごした短くも尊い日々。終わることのない、誰にも平等に訪れる明日。嬉しさも、痛みも、苦しさも、愛おしさもあった。しかし彼女には訪れることはなかった日々。
「辿り着くは迎えることなかった時間」
彼女たちが向かうのは、誰もが焦れた希望。誰かが望んだ物語の終着だ。
「私は、境界を超える」
マホウツカイを抱き締めるティアマトの頭上と足元に魔術陣が出現する。抱き締められながらマホウツカイは見上げた。そして、魔術陣の先に在る光景を見た。
「あ―――――――――――――――イヤだぁぁぁぁぁぁあああああああああ!」
彼女の目に映ったのは、天を貫く鉄の塔の群れ。空を翔ける鉄の鳥。道を埋め尽くすほどの人々。
思い出したくなかった、もう二度と見ることはないと思っていた営みたちだ。
そして、被害者にとっての地獄が在った。
「お前はココに居てはいけない」
叫ぶマホウツカイの耳元でティアマトが囁く。それは彼女の心からの言葉だ。被害者はこの世界に来たことによって、マホウツカイとなり今も尚自らを削っている。それがティアマトには耐えられないのだ。これ以上自分のせいで愛しい娘が傷つくことが。
「お前にぃい! 愛され続けたお前に何がわかる! 何も知らないくせに! 何も知らないお前が、パパと出会ってからの短い時間を語るなぁあ!」
抱き締められながらマホウツカイは叫ぶ。握り締められた両刃剣がその刀身を縮めた。ナイフのように縮められた両刃剣をティアマトの背中に突き立てる。何度も何度も、死んでいるはずのティアマトに突き立てるのだ。
「ああ、私はお前のことを何一つわかっていない。愛しい娘だと言いながらも、同じ時を過ごしてすらいない。だから、そんな私だからこそお前を救う。私が奪った暁月咲和をお前に過ごさせる為に」
抱き締めながら、背中を両刃剣で突かれながら、それでもマホウツカイに囁く。
「希望に到り、尊きを得る」
最後の一節が詠まれた。
そして、愛と希望の物語は終わる。
「イヤだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ!」
マホウツカイが叫ぶ。悲痛な叫びが母の耳を劈く。しかし、それでも母は優しい笑みを湛えている。
これで、愛しい人は救われる、と。
魔術陣が二人を一瞬の内に通過し、二人は魔術陣と共にこの世界から消滅した。




