02
「ティアマトォォォォォオオオオオオオ!」
エンリルが消えた直後、「異世界勇者」がティアマトの前に姿を現した。憎悪と絶望を宿す深紅の瞳で仇敵を見つめるその姿にティアマトは絶句する。
「なんだ、その姿は……」
「異世界勇者」はティアマトの知るソレとは大きく異なっていた。
背丈は現在のティアマトと大差なく、その髪は月光の如き白銀ではなく、「暁月咲和」の母親譲りの灰色の長髪だ。折れてしまいそうな華奢な躰を大量の痣や生傷が覆っていた。大きく背中の開いた純白のドレスを纏い、開いた背中には大きな切り傷があった。
ティアマトの問いかけに、「異世界勇者」も自身の姿を見やる。クルリとその場で回ってみては、キョトンと首を傾げる。
「コレは………コレこそは、私だけのマホウです」
マホウ。
コレはマホウだ。
ムンドゥス・オリギナーレでもトラウェル・モリスでも、この世界には存在しないはずの概念だ。
咲和とサナとミオだけが知る概念。
「マホウ、だと?」
マホウを知る由もないティアマトが顔を顰める。
「そうです。誰もが焦れ、誰もが憧れる、魔術師の最終到達点。その、新たなる四番目を私は手にしたんです!」
右手を握る。すると何もなかったはずの右手に、側面に青黒く脈動する盾が付き、赤黒く脈動する刃を持った両刃剣が握られていた。
「私は、異世界魔王と今後生まれるはずだった全てのマルドゥク、その経験と魔力と魔術、人生そのものを簒奪したんです! だから! こんなこともできます!」
左腕を振るう。すると、その手には黄金の大弓が現れる。その造形にティアマトは見覚えがあった。ないはずがない。何故ならそれは―――
「原初降す決別の時――――」
―――――マルドゥクが原初討伐の魔術を発動する際に、黄金の戦斧が姿を変えた物なのだから。
両刃剣を握ったまま弓を引く。なにも無かったはずの弓に矢が番えられた。
「――――原初降すは我らが愛と知れ!」
矢が放たれた。それが世界を砕くに足る一撃だとティアマトはすぐに判断する。間違っても弾くわけにはいかず、避けるなどもってのほかだ。
「汝などいなかった!」
瞬間、放たれた矢とティアマトの間に十一枚の薄紫色の膜が現れた。
原初降すは我らが愛と知れが膜に触れた瞬間、空気砕く破裂音と共に一枚目が砕け散った。そして速度を落とすことなく二枚目も砕いた。三枚目を砕いたところでようやく少しだけ減速した。
ティアマトに迫る原初降すは我らが愛と知れは、咲和の勇者狩りの際に発動された勇者による完全詠唱の物よりも明らかに強力だ。ティアマト自身の汝などいなかったも、あの時よりも強力になっているにも関わらず、減速無しで二枚を砕いた。しかも、詠唱を大幅に省いた物でだ。ティアマトの額に脂汗が浮かぶ。
終ぞ、十一枚目が砕かれる。
「この、程度!」
目の前まで迫った原初降すは我らが愛と知れを両手で掴み取り、握り潰した。彼女の掌は矢の熱で焼け爛れていた。




