01
「ほらほらー、どうしました? それでも原初が尖兵ですか! それでも原初が愛した獣ですか!」
ムシュマッヘとラハブを押し飛ばして「異世界勇者」が叫ぶ。十一の獣が長女と六女を相手にして圧倒する「異世界勇者」にムシュマッヘは焦りを隠せない。一方でラハブは自身の腕が斬り飛ばされて、躰を貫かれようともその顔から笑みが消えることはなかった。
「これだ! これだよ! アキツキ・サナァ! 僕が心より望んでいたのは君だったんだ! 愛しているよ! アキツキ、サナァァァァァァアアアア!」
「貴女に愛されたところで!」
宝石を麻袋の上から全て握り潰した。帯電したラハブの躰が緋色に発光する。その姿はさながら緋色のオーラを纏っているかのようだ。
「ムシュマッヘ! 許されるよね? もう許されるよねぇ? いいよね? ダメだって言われても、もう止められない!」
空気を砕く音を纏いながら、「異世界勇者」へと拳を、蹴りを繰り出し続けるラハブが感激したように吼えた。
「ああ………存分にやれ」
ムシュマッヘは二人から大きく距離を取った。もうこの戦場で自分のやれることはないと言わんばかりに。
「そう来なくっちゃ! これが、これこそが始まりの時ぃい! 崩壊せし我が枷!」
「異世界勇者」への攻撃を止めることなく、ラハブが咆哮した。その身に纏った緋色のオーラが爆発する。ラハブと「異世界勇者」を飲み込んだ爆発の中で、ラハブの笑い声だけが響く。
「アハハハハハハハハハハハハハハッ」
爆発を斬り裂いて「異世界勇者」が飛び出した。その後に続いてラハブも爆発から飛び出す。「異世界勇者」は当然のように無傷であり、ラハブもまた傷一つない。
飛び出したラハブの躰はそれだけで生命を殺すに足る雷を纏っていた。その雷は時折ラハブの躰を離れ、無秩序に世界を削る。
「サナサナサナサナァァァァアアアア! 愛してる! 愛してるんだ!」
アハハハハハハ。
愛を囁きながらも身に纏う雷と目にも止まらぬ拳で「異世界勇者」を攻撃する。その全てを「異世界勇者」は赤黒く脈動する両刃剣と青黒く脈動する盾とで往なした。
しかし十一の獣が最強のラハブの攻撃を受け続ける「異世界勇者」の武器には確実にダメージが蓄積していく。そして、遂に、
「アハハハハハハハハハッ。愛してるんだ、サナァァァァァァァァアアアアアアアア!」
ラハブの空気の壁さえ砕く拳が、「異世界勇者」の剣と盾を砕いたのだ。元が生物だったとは思えない剣と盾は粉々に砕け散る。想定していなかった出来事に「異世界勇者」は刹那、全ての行動を止めてしまった。しかしその停止は瞬きにも足らない一瞬の事であり、通常は致命的になるはずのない物だった。だが、相手は原初の尖兵の中でも最強の一人。そんな神話の体現者の中でも上位数名に入る実力者が相手となれば話は変わってくる。
ラハブは刹那の停止すら見逃すことなく、予備動作の一切なくしゃがみ「異世界勇者」の視界から消えてみせた。
「え?」
足払い。「異世界勇者」の視界が曇天に変わる。
「アハハハハハハハハハハハッ!」
ラハブが「異世界勇者」の脚を掴んで振り上げ、地面へと叩きつけた。それだけで地面が大きく砕ける。
「ガハッ!」
大量の吐血。彼女が掴まれた脚を見た時にはラハブはそこにいない。
「ッンガ!」
流星の如く「異世界勇者」の腹へと落下してきたラハブ。ラハブの貌には満面の笑みが、「異世界勇者」の貌には苦悶が張り付いている。ラハブの脚を取ろうと手を伸ばす「異世界勇者」を嘲笑う様にラハブが飛び跳ねる。
「や、やって、グフッ………く、れます、ね………」
口から垂れる血を袖で拭って笑みを湛えるラハブを睨む。
「その目! イイ、イイヨ! サイコーだよ! アキツキ・サナァァァァアアアア!」
言いながら後方へと跳び、助走をつけて「異世界勇者」へと跳び蹴りを。飛び蹴りを間一髪のところで避けた「異世界勇者」は彼女の脚を掴み、今度は「異世界勇者」が彼女を地面へと叩きつけた。
「ッング!」
ラハブが大量の吐血と共に跳ね起きる。起きた直後の無防備な腹へと「異世界勇者」は、大きな踏み込みと共に、煌いて見えるほど速く拳を打ち込んだ。それは大地すら砕かん勢いの拳だ。ラハブの身体強度があって初めて受けきることの出来るもの。実際彼女の腹には大きな穴が開き、後方の木々は衝撃で薙ぎ倒された。
腹に穴の開いたラハブはふらつきながらも、その瞳はしっかりと「異世界勇者」を捉えていた。大きく歯を見せて、二ィッと笑みを浮かべた。
笑みの浮かべられたラハブの頭に、空裂く回し蹴りを。
「異世界勇者」の左側からの回し蹴りを左腕で受け止めた。ラハブの右側の木々と共に受け止めたはずの左腕も消し飛んだ。
消し飛んだ左腕と腹に開いた穴がガポガポと言う音を立てながら再生する。
「甘いなぁあ」
纏う雷が無秩序に地面を抉る。
「さぁあ、第二ラウンドだよ!」
雷光を瞳に宿しながら、パキポキと指を鳴らすラハブ。
「ええ、第二ラウンドと行―――――――――え?」
「―――――――あ?」
「まさか―――――」
その場にいた全員、「異世界勇者」とラハブ、そして二人と距離をとっていたムシュマッヘが一斉に一点に視線を向けた。
三人が視線を向けた先、そこには蒼黒の光の柱が聳えていた。




