03
「―――――いや、待て。………エンキはどうした? アイツはどこにいる!」
屍の鎧の戦士は気が付いた。自分たちの前から姿を消した、ニンティやエンキがどこにもいないことに。
「お父様方ー。わたしのことがそんなに愛おしいんですかぁあ?」
屍の鎧の戦士の背後から、声が聞こえる。それは彼が聞きたくなかった、聞くことになると思っていなかった声だ。
「エンキィィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイ!」
屍の鎧の戦士が振り返ると、その頭を掴まれた。
「前も言ったはずですよ? セ・ク・ハ・ラだって」
耳元で囁かれた屍の鎧の戦士は頭から地面へ突っ込み、ティアマトとウガルルムの横を通り過ぎて、切り株に激突して停止する。そして、めり込んだ頭の上にエンキは降り立った。
「エンキ、ココに参りまし――――――――っと、危うい危うい」
屍の鎧の戦士がエンキに乗られた頭を力任せに地面から引き抜いた。エンキはくるくると宙で回転して、ティアマトの横にストンと着地した。
「エンキィィイイ!」
屍の鎧の戦士の兜の一部が砕け、中から真っ赤な瞳が二人を睨む。
「俺達が殺す。この総ての元凶たるお前を俺達の手でぇえ!」
両手がそれぞれ全く同じ二つの魔術陣を描く。
「屍気纏う異形の大剣!」
二つの魔術陣は屍気纏う異形の大剣を生成するものだ。二刀の異形の大剣を手に、屍の鎧の戦士が原初の母と魔術王と相対する。
屍の鎧の戦士が動く。その踏み込みは地面を抉った。屍の鎧の戦士の踏み込みから一瞬遅れてティアマトが踏み込み、そのさらに後にエンキが後ろへと飛び退いた。
夢想の絲剣と二振りの異形の大剣とがぶつかり合う。
「退けぇええ!」
「引くわけにはいかぬ」
二刀の異形の大剣を鍔ぜり合う夢想の絲剣が悲鳴を上げる。そもそも鍔ぜり合うことを想定していない剣だ。それが使徒の巨体をも超える大剣を二刀も受け止めているのだ。いつその刀身が砕けてもおかしくはない。
「思考がそっちに向き過ぎですねぇえ」
異形の大剣の一刀がその刀身の中心から砕け散る。屍の鎧の戦士は砕け散った異形の大剣をすぐさま捨て去り、残った一刀を両手で握り直した。
「殺す」
屍の鎧の戦士がさらに力を籠め、ティアマトが押し込まれる。しかし彼女の表情に焦りはない。
「アンシャル、キシャルよ」
一歩前へ。
「私はお前たちを救う」
さらに前へ。
ティアマトの後方、ウガルルムの横でエンキが魔術陣を描いている。それは決して複雑でも巨大でもない。しかしそれは誰も見たことのない魔術陣だ。
「この世界と共に、全ての者を。異世界勇者さえも」
さらに一歩前へ。
「貴女はこの世界を取り戻すだろう」
エンキが言祝ぐ。
「そう、私はこの世界を取り戻し、救世さえ為すのだ」
夢想の絲剣を振り抜いた。屍の鎧の戦士は弾かれて、異形の大剣を地面に突き刺して衝撃を殺す。
「劫火!」
屍の鎧の戦士が魔術陣を描き、木々をも溶かす火球を放った。
木々を溶かしながら放たれた劫火は、夢想の絲剣を振り抜くことで消し去られる。たった一振りで消し去られた劫火を見て、屍の鎧の戦士は吼える。彼は地面を抉りながら駆け出した。
「温もりは終ぞ亡く、日常は遠に過ぎ去った。世界は立ち還り、人々は思い出に縋るだろう。我らが心は彼の者の為に。我らが血潮は彼の者の為に。我らが魂は彼の者を送る為に。原初は解き放たれ、彼の時へと蘇る。祝福せよ!」
エンキの詠唱と共に魔術陣は完成する。
そして、大いなる母によって最後の一節が詠まれる。
「今、原初が帰還する」
屍の鎧の戦士がティアマトへと異形の大剣を振り下ろすその刹那、彼女の足元から蒼黒の光の柱が天を貫いた。
蒼黒の光の柱に阻まれた屍の鎧の戦士は、再度異形の大剣を振り上げた。そして蒼黒の光の柱へと振り下ろす。しかしその斬撃は鋼鉄にでも阻まれているかのように弾かれる。
「ふざけるなぁあ! 俺達は人類祖で、既にこの躰は唯一の器なんだよぉぉぉぉおおおおおおおおおお!」
屍の鎧の戦士の激昂は収まらず、何度も何度も異形の大剣を光の柱へと振り下ろす。しかし光の柱に阻まれたソレが、ティアマトを斬り裂くことはない。
「何故だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!」
「それはお前たちさえも私の愛しい仔共だからだ」
パリンッ。
小さく何かが割れる音がした。
その直後、空を覆っていた分厚い雲が分断された。そして、
「そして、私が母だからだ」
異形の大剣と共に、蒼黒の光の柱は砕かれた。




