02
そして、冒頭へと戻る。
帝都へと帰投を果たしたイシュが城へと辿り着くと、その背後から凄まじい数の軍靴の音が鳴り響いた。
(後ろには誰もいなかったはずだ)
イシュは振り返り右腕を振った。すると、右腕には翡翠色の魔術陣が浮かび上がり、手には機械仕掛けの帝剣が握られた。
振り返る。そこには軍靴を履き手にはサーベルを握り、ボロボロの布を纏った骸の異形の群れがあった。
その中で一人、先頭を歩く者だけが他の骸とは違ったのだ。
ソレは、深淵のような漆黒の瞳と、金糸のように煌めく黄金のショートヘアが特徴的で、その身長はウガルルムと大差ないほどに高い。そして何よりも目を惹いた、高身長であるにも関わらず細すぎる線だった。華奢と言えば聞こえは良いが、ソレはどこか病的だ。
イシュはソレが骸の異形の群れの長だと判断する。
「何者だ」
帝剣は骸の異形の群れの長へと向けられた。
「私、私は、エレ、エレシュキガル」
「エレシュキガル、何用か」
帝剣は下げられることなく、真っ直ぐとエレシュキガルに向けられ続ける。イシュの視線も真っ直ぐに彼女を射抜く。
「て、帝都、を、堕とす。それが「異世界勇者」の、願い」
(サナだ――――――――――――――――――――――何を!」
サナの名前にイシュは思考が乱れた。その一瞬の隙を見逃すことなく、エレシュキガルは詠唱無き魔術を放った。しかしそれは帝剣によって弾かれた。弾かれた魔術は城の一部を穿った。
「サナか。そうか……………ならば、この先には行かせるわけにはいかぬな!」
帝剣を下げて地を蹴った。それにエレシュキガルは右腕を上げた。
「……行って」
振り下ろされた右腕を合図に骸の異形の群れが一斉にイシュへと走り出した。
イシュは迫りくる骸の異形の群れを帝剣を以て切り払う。しかし群れは余りにも多く、駆け出した彼女がエレシュキガルの元へと向かうのを阻む。
骸の異形の一体一体にさほどの脅威はなく、帝剣を振るうだけで数体が一度に倒れる。しかしその後すぐに別の者が押し寄せてくる。そんな無尽ともいえる骸の異形の群れを相手にイシュは怯むことなく帝剣を振るい続ける。
(余りにも数が多い……このままではいずれ)
額に脂汗が滲み、イシュの顔にも疲弊が見え隠れする。その一方で骸の異形の群れの奥に佇むエレシュキガルには一切の疲弊が見えない。それもそのはずだ。邂逅時の魔術行使以降、エレシュキガルは一度の魔術行使もなく、自ら戦うこともしていない。
「お主! 指揮官ではないのか! 何故指揮の一つも執らんのだ!」
骸の異形の群れの奥で静かに眺めるエレシュキガルに檄を飛ばす。
「指揮? …………エレ、よりも、自動指揮の、方が、効率がいい、から?」
(自動だと? そもそもこの骸たちはどこから現れた?)
邂逅時の詠唱無きの魔術行使から、エレシュキガルと骸の異形の群れは転移魔術に依って別の場所から移動してきたと、イシュは考えた。しかしもしもそうではなかったら。エレシュキガルのみが移動してきたとしたら?
骸の異形の群れはその場で生成されたものだとしたら?
「もしやそれらは――――――――――――お主が創ったのか?」
「え? ―――――――あ、え、う、うん」
コクリと頷いたエレシュキガルにイシュの貌は絶望に染まる。
(生命創造を為すほどの魔術師だと? それはまるであ奴が魔王と同等の魔術師だと言っているのと同じではないか!)
イシュは理解する。自身の力では彼女をどうすることもできないと。彼女は本来あり得ない詠唱無き魔術を行使し、その上でイシュさえ捌ききれないほどの異形の群れを創造することの出来る、魔王たる咲和や異世界勇者たるサナと同等の魔術師であると。
「これだから神話の時代の者どもは…………現行の人類を馬鹿にしているのか!」
しかし彼女は諦められなかった。自身が諦め引いてしまえば、その後ろの城にいる尊き姉を危険に晒すことになる。そして何よりも自らの愛しき人が残してくれた世界を諦めることになるのだ。そのようなこと、咲和を愛した元皇帝が許すはずがない。
イシュは機械仕掛けの帝剣を一閃し、骸の異形の群れを切り飛ばした。
「何があろうとも、この先には進ませぬ! ――――――魔力を廻す! 全力で行くぞ! 此度、この戦場において余は無敗。敗走などありはしない。敗走などあり得ない、敗走など許されない。余の愛こそ絶対の剣と成る!――――――」
イシュの躰に刻まれた魔術陣に翡翠色の光が灯る。彼女は機械仕掛けの帝剣を地面に突き刺した。そして力強くその柄を握る。すると魔術陣に灯っていた翡翠が機械仕掛けの帝剣へと流れ込んだ。
「――――――魔王率いた皇国の剣!」
詠唱の完了と共に、機械仕掛けの帝剣に流れ込んだ翡翠がその光を強めた。
翡翠の余りの光に骸の異形の群れの奥に佇むエレシュキガルは顔を覆う。
「今の余に綻びは在らず!」
その言葉で翡翠は弾け、イシュの姿が露となった。その姿を見たエレシュキガルは口を開ける。
「あ、え、なに? それ」




