02
「うん。発生するよ、絶対に………うん、発生しちゃう」
池の中に顔を下半分まで沈み、もごもごと。
「で、でも、教皇はもういないんじゃ?」
沈むクルールに口を開いたのはウシュムガルだ。
「教皇じゃなくて――――」
そこから続いたクルールの話にムシュマッヘとウシュムガルの二人は絶句することになる。
勇者を召喚したのは、トラウェル・モリスにいるはずのない人類王で、その召喚された勇者は異世界勇者だ。
そして、人類王はティアマトによって殺される。
人類王を殺された「サナ」が法国を亡ぼすのだ。
「王神の占星による予測といったところか?」
あくまでも冷静にムシュマッヘが聞き返す。それにクルールは小さく頷いた。彼女の反応に長女は小さく息を吐く。
「ならば、我々で対処せねばならない。取り急ぎラフムとラハムに伝えるとしよう。あの二人が誰よりも納得させるのに時間を取られるだろうからな」
言うが早いか、ムシュマッヘは部屋を出て行った。普段ならすぐに彼女を追っていたであろうウシュムガルは、ムシュマッヘの座っていた椅子の背に手を乗せたまま、俯いている。
「姉さん、どーしたの?」
「クルール……あたしは、あたしはどうしたらいいの? お姉様はまた一人傷つかれている………なのにあたしは何もできない…………なんで? どうして? あたしはいつ―――クルール?」
愛しき人の傷をいやしてあげられない自分の無力さに打ちひしがれるウシュムガルを、クルールが池から上がって抱きしめた。
「ウシュムガル姉さんは何もできないなんてことないよ。だって、ウシュムガル姉さんはムシュマッヘ姉さんの一番大事な人なんだから。隣に居てあげるだけで、それがムシュマッヘ姉さんの力になるんだよ。だって、ムシュマッヘ姉さんの涙なんて母様かウシュムガル姉さんしか見たことないよ。それだけ信頼されてて、心を許されてて、大事に思われてるからだとわたしは思うな」
抱擁を解いて、ウシュムガルの目を真っ直ぐに見てニコリと微笑んだ。それがクルールの出来る精一杯の励ましだった。
十一女の励ましを受けた次女は溢れそうだった涙を袖で拭って、小さく頷いた。
「ありがとう。あたし、姉様と一緒にいる! クルールは休んでていいからね」
そう言い、可愛い妹の頭を撫でて部屋を出て行った。その足取りは先ほど、無力に打ちひしがれていた少女と同じとは思えないほどに軽いものだった。
バタン、とドアが閉められてすぐに、ガチャ、と開いてウシュムガルが覗いた。
「あ、ご飯の時には呼びに来るからね。じゃあ、また後でね」
小さく手を振って、今度こそウシュムガルは廊下をパタパタと駆けて行った。
一人になったクルールは自分で準備した椅子に腰かけて、視線を落とす。
「……隣に、一緒に居られることがどれだけ大切なことか…………皆、痛いほど思い知るからね。うん、皆との時間は大切にしないと。じゃないと後悔してもしきれないからね。あーあ、もっとたくさんお話聞いておけばよかったなぁ。サナ様……母様……」
独り言ちたクルールの碧眼が涙に沈んだ。




