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何一つ思い出せないティアマトは頭を抱える。何故あの時のことを明確に思い出すことが出来ないのだろうか、と。
未だ思考に掛かった靄が晴れることはない。
「……お前たち、あの時のことを憶えているか?」
二人を見上げたティアマトが口を開いた。
二人は彼女がどの時のことを言っているのか理解した。そして顔を見合わせて、小さく頷いたのだ。
「そうか…………。ならば、問う。何故あの時私は半身を信じてやれなかった? 何故あの時私は半身を頼ってやれなかった? 私にはあの時確かに聞こえたんだ。「そうだな、仕方がない」と」
ティアマトは魔術王とその分体を見上げて、問う。
なぜ自分はあの時、と。
「わたしのせいですよ、お母様。わたしがお母様の認識を歪めたんです。あの時のわたしには「死」が必要でしたからね」
なんの悪びれもなくエンキは言ってのける。
そこには先ほどの嫉妬ほど強い感情はなく、ただただ抑揚のない声だけがティアマトの鼓膜を震わせたのだ。
「貴女のその小さく敏感な耳に届く音を歪めたんです。それは原初の弟子には造作もないことです。そしてそれを拒むことは、原初なら造作もないはずでした。しかしあの時の貴女はそれが出来なかった。
何故か。貴女は大いなる父ほど理性的ではない。大いなる父に比べて感情豊かであるが為にその感情を優先してしまう。だから貴女はあの時、理性的に魔術防壁を張ることを忘れた。それさえしていれば、貴女は大いなる父の真実の言葉を聞くことができ、大いなる父と共にムンドゥス・オリギナーレをより良いものにできたはずだった。
貴女は、自らの感情を優先したが為に、尊き半身を失ったのです」
床に垂れていたティアマトの指がピクリと動く。
それがどのような感情から来る反応なのかは火を見るよりも明らかだ。




