03
大いなる父は遠い過去、神話の時代に旧人類の喧騒を疎ましく思い、従者たる叡智の霧と共に旧人類を滅ぼそうとした。その計画を大いなる母がエンリルに告げたことによって、彼ら旧人類によって殺された。
それが神話に描かれた、大いなる父の最期だった。
「きっとあの時誰もが疑問に思ったはずっす。本当に大いなる父は旧人類を滅ぼそうと思っていたのだろうか、って」
彼女の言葉にアンシャルとキシャルは息を呑む。
事実、彼らは思ったのだ。ただ喧騒が疎ましいと言う理由だけで、大いなる原初たる大いなる父が我らを滅ぼそうと考えるだろうか、と。普通あり得ない。
ムンドゥス・オリギナーレには法律などない。だから誰が誰を殺めようと、残されたものと殺めた者の間での問題であって、部外者が何か言うことはなかった。だとしても、ただ喧騒が疎ましいと言う理由だけで、種そのものを滅ぼすなど誰一人考えなかったのだ。
大いなる父はそのような行為に走るほど愚かではない、と言うのが旧人類の中での共通認識だ。
彼は聡明で何事も平等に判断していた。大いなる母のように愛の有無で判断などせず、必ず全ての声に耳を傾けた。そして何よりも、感情が欠落しているのではと思わせるほどに、彼が感情表に出すことはなかった。
そんな大いなる父の唯一の欠点と言えば、その怠惰性だった。彼は動き始めればその力をいかんなく発揮するが、そもそも動き出すことがなかった。
だから、そんな怠惰な大いなる父が自ら進んで旧人類を滅ぼすなど、誰一人考えなかったのだ。
きっと人類王に大いなる父の計画を伝えたのが旧人類の誰かだったなら、彼はその声に耳を傾けることはなかっただろう。
「怠惰な大いなる父が我らを滅ぼそうと自発的に行動を起こすわけがない。そう考えたはずっすよね。なのに、疑問に思いながらも誰一人それを口にできなかった。なんで? そんなの当然っすよね。大いなる母の言葉だったんすから」
そう、不幸にも伝えたのは大いなる母だったのだ。
原初からの言葉に仔共が応えないわけがない。




