04
「――――星の海の泥か!」
エンリルは泥に似たソレの正体を看破した。しかし看破したからと対抗策があるとは限らない。
星の海の泥は泥に似た物だが、それは決してただ泥などではない。触れた者を変質させるティアマトだけの幻界魔術だ。
触れた者は文字通りその躰をティアマトに捧げることになる。
自身の躰が耐えることが出来ないほどの肉体改造が施され、人間性がすっぽりと欠落するのだ。
代わりに、どれだけの身体的損傷を受けたとしても即座に回復することが出来るほどの、自己修復スキルを会得する。それはラハブの疑似的な不死性に似ているが、魔力の消費量が桁違いだ。通常の人間であればこのスキルのせいで魔力が底をつき、生命維持可能時間は半日に満たない。
変質は通常の人間だけでなく、十一の獣はもちろん、エンリルや二人の姉の様な神話の体現者にも作用する、逃れることの出来ないものだ。
だからティアマトがこの幻界魔術を使用することはまずない。過去、遠い神話の時代、勇者との決戦時にもコレを使用することがなかったほどだ。
しかし、今のティアマトにそのような慈悲もなければ、理性もない。怒りに身を任せた悲しき竜はその身に宿す力の全てを、愛しき娘の残した世界を砕こうと画策する者を滅ぼす為に振るう。
「触れることすら出来ない、幻界魔術………怒りで狂ったか………こんなものが流れては、被害はトラウェル・モリスだけで済まない……」
「どうした? 原初を穿った明刃とやらもその程度か?」
未だ泥は流れ続ける。一人、また一人と影の英雄たちが潰れていく。これでは本当に神話の再現となってしまう。
それだけは避けなければならない。
旧人類が生き残り、|ムンドゥス・オリギナーレ《故郷》を取り戻す。
それこそが、人類王たるエンリルの唯一の願いなのだから。




