07
月影の道標が先導し、その後を咲和が付いて行く。未だに橋の上。対岸は一向に見えてこない。
【なぁ、嬢ちゃんがキングゥなんだろう?】
先導しながら月影の道標は問う。その声はやはり少年の物だ。
「………一応」
彼女の一歩後ろを歩き、俯きがちに答える。
【一応ってなんだよ。我らが王がそんなじゃ、お先真っ暗だな、ハハハッ】
「………ごめんなさい」
咲和には月影の道標のことがよくわかっていない。自分が召喚した獣だということは間違いないようだけど、それ以上のことは一切不明だ。クサリクに教えてもらった魔術陣と詠唱で召喚できたのだから、信用できる相手なのも間違いない。しかし、先ほどの野太い男の声が咲和の心を揺らがせている。
【ジョークだ、悪かったな。ところで、この姿は嫌いか?】
「………え?」
それは考えてもいなかった問いかけだった。嫌いかどうか聞かれても、咲和には正直なところわからない。同年代の少年のような姿にいい思い出がないのは確かだが、それももう数百年も前の話だ。何より、もうその頃の記憶も朧気なのだ。覚えているのは、どこかの誰かへ対する、深い恐怖とそれすら超える憎悪、どこかの彼女へ対する深い愛情に似た感謝だけだった。
【いやなに、男が嫌いなのかと思ってな? 湖に浮かぶ城の嬢ちゃんたちにはそう言うのが多いからな。まぁ、男と言うより人間がって感じもするがな】
そんなこと知らなかった。皆が男性を嫌っているように見えなかったのだ。確かに城内には男性は一人もいない。しかしそれは、単にいないだけで、嫌いだからだとは思わなかった。
「皆、男の人が嫌いなんですか?」
咲和が聞くと、月影の道標は足を止めて振り返る。
【お、乗って来たな。まぁ、そうだな。あくまでも俺の見てる感じはだけどな。だってよ、嬢ちゃんたちは女同士でやることやってるだろ? 偏見でわりぃが、男が嫌いでもなけりゃあ、そんなことしねぇだろ。少なくとも俺はそうだぜ? 「ウェールス・ムンドゥス」から男の一人や二人攫ってこればいいだけだしな。嬢ちゃんもそうは思わねぇか?】
「やる、こ、と…………………………………………………………や、やややや、や―――」
咲和の頭の中では、桃色の妄想が次から次へと現れては泡のように膨らんでいく。
ムシュマッヘとウシュムガルが……。ラフムとラハムが……。ムシュマッヘとウガルルムが……。ラハムとウガルルムが……。もしかしたら、三人でも………。四人でとか………。
【ちょ、嬢ちゃん? 大丈夫か?】
「や、ややや――――――――――」
遂に頭の中が桃色の妄想で埋め尽くされた咲和は、顔を耳まで真っ赤にして後ろにばったりと倒れた。
【嬢ちゃん? 嬢ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああん】
「もう、大丈夫です………ごめんなさい」
【いや、俺も悪かった。もうあの手の話はよしとくぜ】
数分が経ってようやく目覚めた咲和に、申し訳なさ全開の月影の道標が言った。
【まぁ、とりあえず、人間どもの元へ行こうぜ】
「はい、そうしましょう……」
二人は立ち上がり、今度は横に並んで歩みを進めた。
未だ二人は橋の上。人間たちとの邂逅に至っていない。




