02
夏休みの自由研究の為に図書館を訪れていた私に声を掛けたのは、当時大学生だった彼女だった。
彼女は私が開いている本に興味を持って声を掛けてきた。
私が開いていたのは、「古代オリエント集」と言う本だった。数多くの神話が収録されているもので、少なくとも中学生の私が読むには難解過ぎた。それでも読み始めてしまった手前、本棚に戻しに行くのも億劫でそのまま読み続けていた。
そうして気が付けば、目の前の席に彼女が座っていたのだ。
「それ、難しくない?」
本を指さして彼女は言った。私はそれにびくりと肩を震わせる。
「ごめんね。驚かせるつもりはなかったんだけど」
と、彼女は顔の前で両手を合わせた。
謝られるなんて思わなかった私は困惑する。
「でさ、それ、難しくない?」
合わせた手を解いて、再度本を指さした。
小さく頷く。それに彼女も、うんうん、と頷いた。
「だよね私も読んだけど難しかったもん。と言うか、すごく読みにくかった。だって重いし」
彼女の手元を見ると、ノートが広げられていて、その横には数冊の本が積まれている。
「君、中学生だよね? 千鳥ノ原の」
栗色の髪を耳に掛けながら、話題が本から私に移る。
「……はい」
「やっぱりね。でもどうして制服? 夏休みだよね? あ、そっか、部活の帰りとか? 勉強熱心だね。いいことだよ、うん。私は勉強嫌いだったからなぁ。夏休みの宿題なんて最終日に追い込みかけてたしね」
「…………」
私の沈黙をどう受け取ったのか、彼女は気にすることなく続ける。
「で、何が言いたいかって言うと、一緒に勉強しない? ―――――――あ、まって、今のなし。だって、大学生が突然中学生に声かけたとか、いくら同性でも事案だよね。ごめん! ほんと含みはないから! 純粋に一緒にやった方が互いの為だと思っただけなんだよ!」
ココが図書館であるということも忘れているのか、彼女は声を大にして何かに抗議している。そんな彼女を司書が睨む。睨まれた彼女は一瞬で、しゅん、となって縮こまる。
「一緒、に……やっても……いいんですか?」
思わず私はそんなことを口走ってしまった。
「君がいいなら、私は嬉しいよ。誰かと一緒に勉強って捗るしね。何より、楽しい」
しゅんと縮こまっていた彼女は一瞬で花咲くような笑顔になる。
「楽しい?」
「そう、楽しいよ。少なくとも私はね。君は違う?」
首を傾げて、私に問う。
「……分かりません」
何かを楽しいと思ったことなんて私には……無い。
「そう……。なら、少なくとも、私とする勉強だけでも楽しんでもらえたら嬉しいな」
少しだけ困ったように笑う彼女。どこか優しさのあるその笑顔に私の心はほんの少しだけ絆された。