05
扉を飛び出した先は対岸まで続く長い橋だ。橋には深い霧が立ち込めており、数メートル先すら見ることができない。見上げれば、真っ赤な月が深い霧の向こう側から咲和のことを見下ろしている。
(これは……思っていた以上に難しそう……。と言うか―――)
どこにいるのかわからない。
聞こうと思い振り返る。が、扉は固く閉ざされていた。後戻りはできない。二人は姉として少しは厳しくしようというつもりらしい。
(姉さんたちにも考えがあってのはず………あ、そういえば)
咲和は手に持った衝怒の絲剣で空を切る。その様は、空中に何かを描いているようだ。その実、剣の軌跡には青白い光が残っている。それは、円と複雑な幾何学模様、文字のような何かを組み合わせた図形――――魔術陣。
「我は闇。彼の者は月影。月影に照らされた我が道は、きっとどこまで色鮮やかだろう――――月影の道標」
魔術陣の完成し、詠唱は終了する。
魔術陣は光を伴い、そこから一匹の獣が現れた。それは真っ白なふわふわの毛に包まれた兎のような生き物。頭からは一本の角が生え、尻尾は蜥蜴のように長い。目は通常の兎のように真っ赤だ。しかし奇妙な光を湛えている。
「思ったより可愛いのが出てきました!」
見た目の愛らしさに咲和は驚き、喜んだ。てっきり、おどろおどろしく恐ろしい外見の生き物が出てくるとばかり思っていたからだ。
【嬢ちゃんが、俺を?】
「…………!」
野太い男の声がどこからともなく聞こえた。その声に咲和は、数百年経った今でも忘れられない、どこかの誰かの声を思い出し、しゃがみ込んで頭を抱えた。
【なんだ、嬢ちゃんじゃねぇのか?】
未だその声は聞こえてくる。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
薄れていたはずの「謝り癖」が再発した。
【おいおい、取って食おうってわけじゃねぇんだ。怖がるのはよしてくれ。こんなキュートな見た目なんだ。ちょっとは可愛がってくれてもいいと思うぜ?】
呆れたように男の声は言った。
「…………キュート?」
抱えていた頭を上げるが、目の前にはあの愛らしいふわふわの生き物しかいない。
(まさか……)
最悪の予想が頭をよぎった。しかしそれを、ありえない、と頭を振ってかき消した。




