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訓練開始から一ケ月が経った。言語授業とは違い、魔術訓練はスムーズに進まなかった。原因は想像に難くない。言語授業と違い、咲和は魔術に触れるのは初めてだった。それゆえに感覚的にそれを掴むことが難しいのだ。
「難航しているようね」
「あり得ないことだわ」
修練場の扉が開き、ラフムとラハムが姿を現した。
「お二人……。初めてのことだから仕方がないでしょう」
「「いいえ、魔力保有量と魔術適正は、貴女と同等かそれ以上。いえ、「フィクティ・ムンドゥス」においては保有量と適正だけで言えば、間違いなくトップね。いくら扱うのが初めてでも、この遅延は予想外だわ」」
咲和にはそれがどれだけのことなのかピンとこなかったが、クサリクの表情を見て、相当なことなのだと悟った。
事実、クサリクの魔力保有量と魔術適正は十一の獣の中でもトップクラスだった。こと魔術戦においては最強すら自負できるほどだ。また、七人の姉たちも、魔術でクサリクに敵うとは思わないほど。そのクサリクに匹敵し、よもや超えるなどあり得ていい話ではなかった。
何故なら、十一の獣とは大いなる母が生み出した人類に対する尖兵なのだ。その魔術のトップを超えるなど、生みの親であるティアマト以外にあり得なかった。それが超えているというのだから、彼女が驚くのも無理はなかった。
「じゃあ、サナ様は本当にティアマト様の――」
「「ええ、唯一の子よ」」
クサリクの言葉をラフムとラハムが続けた。
「あ、あの……なら何で……私はできないのでしょうか?」
会話に口を挟まないようにしていた咲和が恐る恐る聞く。
「「魔力が馴染んでいないのよ。そもそも、保有量が魂の許容量を大幅に超えているの。それを器が補っている状況。だから、魂に魔力が馴染むまでに時間がかかっている。それだけのことよ。焦る必要はないわ。ゆっくりやりなさい」」
咲和の頬を優しく撫でて、二人は修練場を後にした。
ここ二ヶ月余りで咲和は二人が十一の獣に対しては、冷たく律した態度でいることが分かった。咲和に対しては妹に対する優しい姉と言う態度を徹底しているが、十一の獣に対しては厳しい親のような態度をとっている。
「やっぱり苦手ですね……」
ボソッとクサリクが溢した。
「姉さん、ですか?」
自然に二人のことを姉さんと呼ぶようになった咲和。そのことを特に気にすることなく、クサリクは肯定した。
「そうですか……」
自分には優しい姉であるラフムとラハムが十一の獣たちとも仲良くなれればと、ふと思った。しかし、それが難しいことであることも理解していた。母親こそ同じだが、二人と十一の獣では、生まれた理由が違いすぎる。
「始まりの仔」として生まれた二人と、「戦うための駒」として生まれた十一の獣とでは差がありすぎたのだ。自らの子供と兵士では、きっとティアマトからの扱いにも差があったことだろう。その差を埋めることは、今の咲和には不可能だ。
だから、咲和は長い目標として、二人の姉と十一の獣との溝を埋めることを思いついた。今は無理でも、いつか、皆で楽しく暮らせたら、と。
「え、あ………訓練の、訓練の続きをしましょう……」
「そうですね。再開しましょう」
微妙な空気が流れつつも、訓練は再開された。
こうしてまた、咲和は指揮者へと近づく。




