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【改稿版】十一の獣は魔王と共に  作者: 九重楓
第三部 1章 準備

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09

 シュガルの部屋を後にした咲和が訪れたのは、十一の獣が九女、ムシュフシュの部屋だった。

 ノックをしようと拳をドアに近づけた所で、徐にドアが開いた。


「これはサナ様、何か御用でしょうか?」

「あ、え、えっと……少し相談がありまして」

「相談、ですか。はい、かしこまりました。どうぞ、お入りください」


 咲和を部屋へと通して、静かにドアは閉められた。



 中は、小さな机とベッド、簡素なクローゼットがあるだけの小ぢんまりとした部屋だった。

 ムシュフシュは咲和にベッドを促した。それに従い、ベッドへと腰掛ける。


「あら、そうなりますか」

「ん―――――キャッ」


 ムシュフシュはベッドへと咲和を押し倒した。


「あの、これは一体………?」

「サナ様はご自分が皆にどのように思われているかご存知でしょうか?」

「どういう意味ですか?」


 腕を掴まれ、押し倒された咲和はそのままの体勢でムシュフシュを見上げて言う。その貌は怪訝に染まっている。


「そのままの意味でございます。皆が、サナ様にどのような感情を抱いているか、ということです。もちろん、皆が皆、好意的な感情を抱いていることは間違いありません。ただ……」


 そこで彼女は言葉を切った。それに咲和は首を傾げることで先を促した。


「ただ、それが必ずしも良い感情とは言い難いのです」


 顔を背ける。しかし、咲和は組み敷いた体勢を改めることはない。


「私達は……いえ、少なくとも私は、貴女のこと()()()()と思っております」

「………………………………………え?」


 思考が追い付かない。

 より正確に表現するのなら、思考が追い付こうとしない。追い付いて理解してしまえば、そのままショートすることは過去の経験から必至だった。

 月影の道標(ルーナ・ゲオグラピカ)の初召喚の時の事を考えれば当然の帰結だ。


「正確には抱かれたい。しかし貴女は私達の王です。皆それを理解しているからこそ、今の今まで誰一人そのようなことを口にすることはなった。できるはずもなかったのです。自らの手で自らの尊敬、崇拝さえする者を穢すことなど誰が望むでしょうか」


 頬を染め、息を荒くするムシュフシュに咲和は何も言うことが出来ない。そんな彼女の様子をよそにムシュフシュは続ける。


「私にはムシュマッヘ姉さまのような気高さも麗しさも、ウシュムガル姉さまのような輝きも恥じらいも、ウガルルム姉さまのような包容力も寛容性も、ウリ姉さまのような愛らしさも純朴さも、ウム姉さまのような愛らしさも愛玩性も、ラハブ姉さまのような凶暴性も裏表のなさも、ギルタブリル姉さまのような素直さも自信も、クサリク姉さまのような寛大さも艶かしさも、バシュムのような従順性も隠密性も、クルールのような未来視も探求性も、何も持ち合わせておりません。しかし、何も持たない私が唯一他の皆と違う部分があったのです。

 それが、裏切りの期間があった。と言う点です。私には一度サナ様に刃を向けたという罪があります。それは他の誰も持たない私の唯一性です。そんな背徳にも似た、罪の意識が私にはある。それこそが、私が今、この場で貴女を押し倒している原因ともいえる理由なのです」


 ムシュフシュの咲和を見下ろす眼差しに熱と粘着性が籠る。腕を掴まれている咲和は身を捩ることで視線から逃れようとする。しかしそんな様子を見てさらに視線には熱がこもっていく。そしてズルリと舌なめずりを。


「私の中にあったリミッターは、「勇者(マルドゥク)」との契約で完全に破壊されました。これでは言い訳に言い訳を重ねているだけにしか聞こえないでしょう。事実そうなのですから私には返す言葉もございません。ただ、私のリミッターは「勇者(マルドゥク)」によって破壊され、貴女と二人きりになってしまえば、こうして貴女を襲うことすら躊躇えないのです」

「………………」


 不理解と軽蔑さえ含む眼差しをムシュフシュへ向ける。しかしそれさえも彼女にとっては、愛おしく映ってしまう。


「ああぁん。その眼差しすらそそるのです。それだけでタッシテしまいそう」


 掴まれていた咲和の腕は解放され、ムシュフシュは自らの躰を抱く。


「………………満足されましたか?」


 解放された咲和は身を抱くムシュフシュの下から這い出て、ベッドの上でちょこんと正座をする。そしてにこやかに笑んだ。そこには先ほどまでの軽蔑はすでにない。


「満足? 出来るはずもありません…………だから、一つだけ、ただ一つだけでいいのです。私とお約束していただけないでしょうか?」


 自らへの抱擁は解かれ、ベッドを降りる。

 そして、床に伏し、首を垂れた。


「私は卑しい、自らを律することさえ出来ない愚かな獣です。ですから、どうか、御身一つでこの部屋を訪れることをしないでください。次、このような機会があれば、私は本当に――――」


 九女の言葉は途切れ、その目を見開く。

 床に付けられたはずの頭は上げられ、その身を咲和に抱きしめられている。


「サ、ナ様? おやめください、私は今―――」

「貴女が苦しんでいることは理解しましたよ。貴女との約束を守りしましょう。ですが、こうして苦しんでいる家族を放っておくことが出来るほど、私は出来た王ではありません。どうか、今回だけは許してください」

「あ、ああぁ…………なんて、なんて…………」


 その小さな体に手を回すこともできず、ムシュフシュは静かに滴を溢した。

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