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そうして咲和が連れてこられたのは、自室と同じ階にあるバルコニーだった。外は濃い影を落とす月夜だ。説明を受けていた通り、城は巨大な、それこそ対岸が霞んで見えないほどの湖の上に浮かんでいた。一本の橋が対岸までかかっていて、それがこの城から出る唯一の道のようだ。
「「この通り、「フィクティ・ムンドゥス」は常夜の世界よ。貴女の元居た世界とは毛色が違うかもしれないけれどね。空には青白い月が常にあり、陽の光なんてものは存在しない。いえ、必要なんてない、そう言った方が適切ね。我々に陽の光なんて必要ない。必要なのは、ただ一つなのだから」」
赤い帯で覆われているはずの目で、二人は遠くを見据える。それは遠い過去に思いを馳せているようだった。
「………?」
続きを促すように首を傾げる。しかし、二人が続きを話すことはなかった。
「どうして…………私だったん、です、か?」
何故、自分が選ばれたのか。それは召喚され、話を聞いている間、咲和の中にずっと燻っていた疑問だった。
別に咲和である必要はないのだ。生前、特別な技能があったわけでもない。魔術の素養があったわけでもない。そう言ったものを目指したことだってない。憧れを持ったことさえない。
なのに、どうして?
「「母様が愛しいと言ったから」」
その声はどこか悲しげで、それでいて羨望に満ちていて、母を思う子の様に真摯だった。
(たったそれだけのことで………私を受け入れてくれた?)
咲和にとってはそれだけのことだった。たったそれだけだと、そう思えるだけの些事だった。しかし、二人にとっては、十一の獣たちにとっては、たったそれだけのことが重要だったのだ。
それこそ、勇者に復讐しよう、そう考えるほどに。
目覚めて浅く、この世界の事情にも疎い彼女にはその重要性が理解できなかった。でも、自分を受け入れてくれた人たちの願いを、思いを無下にはしたくなかった。
だから、咲和は―――
「わ、私―――」
遠くを見つめていた二人が咲和に向き直る。やはりその両目は赤い帯で覆われている。
咲和は今から自分が何を言おうとしているのかうまく理解していない。その意味を、それが引き起こすこれからのことを。
しかし、理解するよりも先に言葉は出た。
「――――や、役に立ちたいです! ラフムさんとラハムさんの言うことは、よくわかってないかもしれないけれど、でも、お二人や、十一の獣の皆さんの、役に立ちたい。役に立って、傍に居たい………私のことを受け入れてくれたから………手を、握ってくれたから」
こんなことを思ったのは、これで二度目だ。生前、彼女だけが咲和を受け入れて、手を握ってくれた。その人とはもう会うことはできない、楽しく笑い合うことはできない。だからこそ、二度目を手放すわけにはいかなかった。
(もう、あんな顔を見るのは嫌だ)
彼女の最後の表情は酷く悲しいものだったから。
「―――?」
ラフムとラハムが咲和を挟む様に抱擁する。優しく、ぎゅっと。
「「ありがとう」」
「………はい」
咲和は応えるように、その抱擁を受け入れた。




