06
城門にはイシュ、シュガル、ネガルの三人に加え、エンリルとスィン、その他大勢の兵士たちがいた。その中でイシュだけが咲和へと駆け寄った。
「怪我は? 怪我はないか? 全く、そんなボロボロになりよって……。お主の身に何かがあったらどうするのだ!」
咲和をペタペタと触りながら、その身体に怪我がないかを確認する。そのさまからは愛しき者に対する感情が感じられる。
「大丈夫です。問題ありませんよ」
笑顔を向け応える。
「そうか? なら良いのだ。お主に何かあったらあたしは――――いや、なんでもない」
そこで彼女は言葉を切った。それ以上の言葉は口にしてはいけないと、彼女の中の何かが警笛をならした。
「そうですか……。あら、奥にいらっしゃるのが?」
視線をイシュからその奥に向けた咲和は首を傾げた。
「あ? ああ、そうだ。あやつがエンリル・ベル・アヌンナキ。「アリシア王国」が国王であるな」
「お初にお目にかかります、私が暁月咲和、またの名をキングゥ。以後お見知りおきを」
イシュの横を通って、エンリルの前で首を垂れる。
「貴女が――――」
「そう、私こそが――――」
魔王と国王の言葉は重なった。
「我らが怨敵か」
「人類の怨敵です」
エンリルは睨み、咲和は微笑んだ。
二人の言葉にエンリルの周りにいた大勢の兵士たちがざわついた。
「皆は街の状況確認へ向かい、そこで困っている者たちを助けなさい」
怨敵を目の前にしながらも、エンリルはどこまでも国王であった。第一に国民の安全を確保しようと、兵士たちへ指示を送る。その指示に兵士たちも一糸乱れぬ動きで街へと向かった。
「いいのですか? 魔王を前に兵隊さんたちを街へ向かわせてしまって」
「皆がいた所で被害が大きくなるだけでしょう。では、獣の魔王、用件を窺いましょうか」
「用件は簡単です。イシュさんがお伝えした通り、我々「フィクティ・ムンドゥス」は貴方方人類と和平を結びたい。ただそれだけなのです」
咲和は言葉続ける。私達の願いは人類との和平の締結だけであると。それ以外に存在するわけもないと。
「手紙にも書きましたが、獣と人類が争い合ったところで、互いの大切なものが失われるだけです。新に得るものなど、相手に対する憎悪と底知れぬ怨みのみ。そんな物に何の価値もない。私は失いたくなどないのです。私の愛しき家族を、私の尊き場所を。
さぁ、「アリシア王国」が国王、エンリル・ベル・アヌンナキ様。我らと良き関係を築きましょう」
瞳に涙を蓄えながら咲和は語り、右手を差し出した。
しかし、獣の涙に情を動かされるような人類の王ではなかった。エンリルはその視線に軽蔑と憎悪を乗せる。
「私も尊き民を失いたくなどない。その点に関しては同意いたしましょう。しかし、我々人類がその手を取ることはない! 貴様ら獣たちの行いに目を瞑り、共に歩むなど不可能だ。
現に、先の衝撃で我が国民は傷を負った。原因に関しては今調査に向かわせたが、それでもその姿を見るに原因は明らかであろう。そんな者共とどうして共に歩むことが出来る?手を取って営みを共にすることが出来る? 否! そんなもの、夢幻であったとしても悍ましい。人類と獣とが手を取り合うことなど、未来永劫ありはしない!」
差し出されたその手を払いのけた。
それが如何に愚かな行為であるかをエンリルは当然のように理解していた。彼の魔王の背には尊き国民たちの営みがある。それを守るのであれば手を取るほかなかった。しかし、エンリルは滅びを選んだ。国民の大半が心のうちに獣へ対する恐怖と憎悪を抱いている。その事を理解していたからこそ、彼は手を取ることが出来なかった。
国民も自らと同じ考えであるはずだと、虚像めいた信頼の元にエンリルは和平の締結を棄却した。
「そう、ですか………。残念です。ええ、非常に残念です。貴方だけは聡明であると思ったのに―――――私の世界の威光を見よ。砕かれ、滅び、己が脆弱さを悔いるがいい。勇者の首を断たれ、「十一の獣」の栄光を約束された。凱旋の時は近い。原初謳いし世界砕きの獣兵」
自らの足元に魔術陣を描き、詠唱を完了させる。
背中から一対の竜翼、腰からは棘の生えたしなやかな尾が生える。そして身体のいたる部分が蒼銀の鱗で覆われた。額からは蒼白の角が二本伸びる。
魔力を伴った羽ばたきで、地上を離れる。




