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【改稿版】十一の獣は魔王と共に  作者: 九重楓
第二部 8章 遠く愛しき人を思う

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05

街を行く中で、咲和は考える。

 無垢なる獣とは何者だったのか。

 この世界において暁月咲和とは何者なのか。

 何を思い出せばよいのか。


 二つについては既に諦めていた。

 彼はもう既に居らず問うことが出来ない。咲和自身に心当たりが一切ない為に、誰に問うていいのかすらわからない。であれば、諦めるしかなかった。

 しかし、ミオの残した「思い出すその時まで」と言う言葉は咲和自身にしかわからないことだった。

 当人の記憶など他人にはわからず、当人が探るしかなかった。

 だから咲和は、壊れることになろうとも、記憶の廻航をしなければならなかった。



 元の世界での記憶。それはどこまでも惨く、醜く、直視しがたい苦痛と嘲笑の日々だった。


 殴られない日はなかった。

 蹴られない日はなかった。

 怒鳴られない日はなかった。

 嘲笑に晒されない日はなかった。

 人として扱われることのなかった日々。

 誰もが咲和のことを嘲り、罵り、疎んだ。


 そんな地獄のような日々の中で、短かったけど温かく優しき時間があった。


(先生はどうして、あの日………私の家に行きたいなんて言ったんだろうか)


 咲和の生前の最後の記憶。

 彼女(せんせい)を突き飛ばして父親の前に出た。そして、その頭を酒瓶によって砕かれたのだ。朦朧とする意識の中で最後に見た彼女(せんせい)の貌は、悲しいほどの怒りで醜く歪んでいた。

 

 

 そこまで思い出して咲和は頭を振って、彼女(せんせい)の顔を消し去る。

(思い出すべきことなんて、私には――――――)


――――――――――――――ない。


 遠い過去のことなど咲和には必要ない。この世界にいる家族こそ彼女にとって最愛で尊き者たちだ。元の世界のことなんて、もう彼女には関係がない。

 しかし、アラガキ・ミオの言葉によって、無視できないものとなった。

 痛みと怒号と嘲笑に満ちた日々は、咲和の心に冷たさを思い出させた。

 短かったけど温かく優しき日々は、咲和の心に温かさを蘇らせた。

 

「私には、もう…………」

 関係ない。そう言い切りたかった。

 家族がいる。咲和のことを疎まず、蔑まず、殺すことなんてない。そんな尊き家族がいる。それだけで彼女は幸せだ。少しの痛みと少しの苦悩はあったけれど、それでも家族たちとの日々は、何物にも代えがたい尊きものだった。

 そんな日々を壊しかねない過去の記憶など、彼女にとって呪い以外の何物でもなかった。

 それがどれだけ温かく優しき時間であろうとも、少しでも元の世界に未練であれば、断ち切るべきものだった。未練はそれだけで現在の生活に影を落とす。そんなもの許されるわけがない。許容していいはずがない。

 この生活は、家族との尊き時間は何人たりとも冒すことは許されない。

 それが、自分自身であっても。


(だから、私は―――――)


「サナ!」

 咲和を呼ぶ声に思考は中断された。気が付けば王城の目の前まで来ていた。

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