04
「そう、貴女には家族がきちんといるんですね……よかった」
「よか、った?」
「そうです。貴女には家族がいるんですよね? それが血の繋がりの無いものだとしても、貴女には気持ちを共有したいと思える家族がいる。それはとても尊いものです」
彼女は咲和の頬に柔らかく触れた。その温かさを咲和はどこかで感じたことがあった。痛みと怒号と嘲笑に満ちた日々の中に埋もれて消えかけていた、短かったけど温かく優しき時間の中にあった。
「私はもう、愛しい人と離れて久しいですから………。貴女には、家族との時間を大切にしてほしいんです」
赤子を撫でながら、彼女は哀愁を纏った笑みを浮かべる。それは遠い昔、どこかで見た彼女の微笑みに似ていた。
「貴女は今から何処へ行くんですか?」
「…………家族の元へ」
「そう。では、私も家族の元へと行きます」
女性は立ち上がり小さく手を振って踵を返す。
「あの、名前を教えてくれませんか?」
縋りつくかのように、咲和は彼女を引き留めた。それはどこか遠い昔の記憶を重ねるかのようだ。
「ミオ。アラガキ・ミオ、です」
「――――――――――――――――――――――――え?」
その発音は懐かしさを感じさせた。初めて聞く名前のはずなのに、その名前には聞いたことがあるかのような馴染みがあった。
「簡単なことです。私は、貴女の先輩。ほんの少しだけ、先輩なだけなんです」
「それはどういう―――――」
「―――いずれ理解しますから、今はまだ、家族を大事にしてあげてください。いつか、貴女が思い出すその時まで」
咲和の言葉を遮って言葉を紡いだ。そして小さく手を振って、今度こそ中心部の役場へと歩を進めた。
そんな彼女に咲和は何も言えず、ただその背中を見送るだけだった。




