04
「おま、え……は」
「答えてよ………」
咲和は未だに答えを求める。しかしそれに答えられる者はこの世界には存在しない。もとより、その問いに答えなど存在しなかった。
無垢なる獣は地を蹴り、彼なりの答えを咲和に示す。
「存在、自体が」
再生された左腕で咲和に殴りかかった。
またも腕は咲和によって斬り落される。
彼は痛みに声を上げることもなく拳を握る。左腕の断面には既に魔術陣が形成されている。
「この世界にとっての」
異音と共に左腕は再生し、右腕で殴りかかる。
咲和によって受け止められた拳はミチミチと音を立てて握り潰された。
無垢なる獣は拳ではダメだと理解し、右脚を蹴り上げた。両腕の塞がっている咲和は蹴り上げを顎に喰らう。
小さく浮いた彼女の腹に彼は力強く左拳を叩きつけた。
「絶対悪だ」
無垢なる獣は既に先ほどのただ笑っているだけの獣ではなかった。そこには確実な知性が芽生えており、咲和を嫌悪するだけの感情が存在していた。
いつの間にかその瞳は深い藍色をしており、光すら宿っている。彼はもう、無垢なる獣などではなくなっていた。
「この世界に存在してはいけない。お前を許容できるほどの余裕はこの世界にはない!」
血反吐を吐きながら咲和をユラユラと立ち上がった。その瞳には光はなく、ただただ問いを口にする。
「なんで…………なんで、私は? 私は殺されなきゃならなかったの?」
「………」
沈黙を返して、彼は咲和の首を握り潰さん息を勢いで掴む。
「温もりは潰え……日常は崩終する……………」
零れる言葉はマルドゥクとの戦いで唱えた祝詞。
彼は上空へと咲和を放り投げる。
「世界は立ち還り、人々は信仰を捨てる………我が心は母の為に……――血潮は――の為に」
途切れ途切れの祝詞は尚も続く。
彼は大きく息を吸った。胸が破裂せんばかり空気を溜め込む。
「我が身体は――――――為に。転生―――放た―」
溜め込んだ息を吐き出した。それはただの呼気ではなく、天を灼く劫火だった。
「人々は彼―――思い――」
劫火は祝詞と共に咲和を包み込んだ。
彼の呼吸は荒く、その額には脂汗が浮かんでいる。不安こそあれど慢心など一切なかった。彼の両腕は潰された右拳も含めて完全に再生しきっていた。いつ咲和が堕ちて来ても迎い撃てるように臨戦態勢を維持している。
『今、原初は目覚める』
はっきりと彼の耳にそれは届いた。
スキルの完成を意味する言葉と共に蒼黒の光が降り注ぎ、劫火は吹き飛ばされた。




