01
(偽りの獣?無垢なる獣?)
「おれは、偽りの獣。お前と同じ、お前もおれと同じ」
ケタケタと無垢なる獣は笑う。
「何が言いたいのですか!」
「答えた。お前が何者か、聞いた。だから、おれ答えた。おれは偽りの獣。無垢なる獣。お前と同じ、偽りの獣」
同じことを繰り返す。それでもやはり咲和にはその意味が解らなかった。
偽りとは、どういう意味なのか。
無垢とは、どういう意味なのか。
同じとは、どういう意味なのか。
「お前は、一人、違う時代を生きた。おれと同じ。お前は、魔王じゃない」
それは、咲和の抱いた疑問に対する一つの答えだった。
母さんの顔すら知らない自分は本当に唯一の娘なのだろうか。
湖に浮かぶ城の中で、人間を除けば咲和だけが大いなる母と会ったことがない。咲和にとって大いなる母とは肖像画と本の中だけの存在なのだ。
家族の敬愛する大いなる母に会ったことがない、と言う事実が咲和にとって黒いシミとなっていた。
無垢なる獣の言葉がそのシミをより深く、より濃くする。
「お前は―――」
「黙れ!」
無垢なる獣の言葉を遮って叫ぶ。彼の言葉をこれ以上聞いてはいけないと、とっさに判断した。これ以上は自らの心を軋ませるだけだと。
衝怒の絲剣を握って咲和は地面を蹴った。
無垢なる獣は動かない。
「そのまま逝け!」
勢いをそのままに絲剣を振り抜く。しかし、それを無垢なる獣は右腕で受け止めた。刃は肘までを斬り裂いた。ダラダラと血が流れ、二人の足元に溜まっていく。
「イタイイタイイタイイタイイタイイタイ。コレが生きてるってことなんだろぉお?」
ケタケタと笑う。
足元に溜まっていく血を見ることで冷静さを保とうとした。今顔を上げれば彼が笑っているだろうから。
「なぁあ? なぁあ、何でも楽しまないとなぁあ? 生きてるって、そう言うことだよなぁあ? アハハハハハハハハハハ」
甲高い笑い声が聞こえる。彼が笑っている。咲和は衝怒の絲剣を振り抜こうと力を籠める。しかしそれ以上進まない。進まないことが分かった以上、これ以上は時間の無駄だ。そうと分かった咲和は衝怒の絲剣を抜いて、そのまま距離を取ろうとする。
「――――キャッ」
しかし溜まった血に足を取られて尻餅をついてしまった。そして、見てしまったのだ。




